監修弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長 弁護士
被相続人が「遺言書」で、具体的かつ適正に定めておくことは、相続に関するトラブルの防止に大きな効果を持ちます。
ただし、「遺言書」を作成した場合でも、その遺言書の内容に従った分配を実現するためには、被相続人ではない誰かが預金の解約や不動産登記の名義変更等、具体的な手続を取ることが不可欠であり、誰がやるのかが明確でなければ手続は難航してしまいます。
こうした「遺言書」の内容を法的に実現できる権限を与えられた者として、【遺言執行者】がいます。
【遺言執行者】の制度は、遺言の内容や相続人の関係性等の実情に合わせて用いることで、無用なトラブルの防止や円滑な手続等が期待されます。
そこで、【遺言執行者】についての注意点やポイントなどについて、相続問題、遺産分割問題に精通した弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士が以下詳しく解説していきます。
目次
遺言執行者とは
【遺言執行者】とは、遺言の内容を実際に実現するために手続を行う者のことを言います。
【遺言執行者】が選任されるケースとしては、大きく分けて以下の2つのケースがあります。
①あらかじめ「遺言者」上で【遺言執行者】が指定され、遺言者の相続開始後、【遺言執行者】に指定された者がこれを受け入れて遺言執行者に就任するケース
②遺言者の相続開始後、相続人らの申立てにより、裁判所が【遺言執行者】を選任するケース
なお、【遺言執行者】の立場としては、法律上、相続人の代理人とみなされます。
遺言執行者がやるべきこと
【遺言執行者】は、遺言の内容を実現することを職務とし、広範な権限を持つ反面、義務や責任を負います。
【遺言執行者】をうまく活用するには制度に対する正しい知識が不可欠です。
そこで、まずは、【遺言執行者】の職務の内容について説明します。
相続人の確定
【遺言執行者】は、まず、「遺言書」を作成した遺言者の相続人を調査し、相続人が誰になるかを確定する必要があります。
【遺言執行者】は、その就任後、相続人らにその就任を通知したり、財産目録を送付したりする必要があるので、その前提として、戸籍等により相続人を調査し、確定させる必要があるということです。
相続財産の調査
【遺言執行者】は、被相続人の財産(遺産)を調査する必要があります。
具体的には、預金口座の残高を調べたり、所有している不動産の所在や内容、株式の有無や額等を調査します。どこにどれだけの財産があり、遺言書通りに遺産を分配できるか確認するためにも、相続財産に何が含まれているかを十分に調査する必要があります。
財産目録の作成
上記したような相続財産の調査によって明らかになった財産について、【遺言執行者】は、財産目録を作成し、遅滞なく相続人に対して財産目録を送付する必要があります。
これは、各相続人に、相続する財産がどの程度であるかを知らせるという目的があり、特に、「遺言書」に基づいた内容で十分に相続財産を受けられない相続人について『遺留分』を侵害している場合に、当該遺留分侵害額請求権のある相続人は、当該目録を基準に遺留分侵害額を計算することも考えられます。
このように、財産目録の作成というのは、【遺言執行者】の職務においても重要な内容であることがお分かりいただけるかと思います。
なお、『遺留分』については、以下の記事で詳しく解説しておりますので、ご参照ください。
その他
【遺言執行者】に就任した場合、直ちに【遺言執行者】としての任務を開始しなければなりません(民法1007条1項)。
また、任務を開始したならば、相続人に対して遺言の内容を通知する義務があります(同条2項)。
そして、遺言執行者と相続人との関係は、委任に関する規定が準用されます(1012条3項・1020条)。そのため、相続人に対して、執行の内容を報告する義務(645条)や、善管注意義務(644条)、遺言執行に関して受けとった郵便物などを引き渡す受取物の引渡し義務(646条)を負います。
一方で、遺言の執行にかかった費用は、相続人に対して請求できますし(費用償還請求権 650条)、遺言執行の報酬も請求できます(報酬請求権)。
遺言執行者の権限でできること
【遺言執行者】は、相続財産の管理や、遺言の執行のために必要となる一切の行為をする権限を有しています。
具体的には、相続人調査のための戸籍収集、財産調査のための残高証明書の取り寄せ、相続人へ財産を引き継がせるための相続財産たる預金口座等の解約や名義変更など、様々な行為を行うことができます。
また、遺言執行が妨害されている場合にはその妨害を排除する権限があるとされています。
さらには、遺言執行に必要な場合には訴訟を提起することもできるとされています。
遺言執行者が必要になるケース
では、次に、【遺言執行者】が必要になるケースを見ていきましょう。
【遺言執行者】が必要になるのは、遺言を残しても、それが実行されるとは限らないケースといえます。
例えば、相続人が一人しかおらず、その遺産全てを一人の相続人が引き継ぐときには基本的には【遺言執行者】は必要ないでしょう。
これに対して、相続人が複数いて互いの仲が悪いようなケースでは、遺言の内容が実現されるように、中立の第三者を【遺言執行者】につけておけば、遺言の内容が実現されやすくなるでしょう。
また、一部の相続人にとって遺言の内容が不利になっているようなケースでも、遺言を無視して相続人の都合で遺言と反する遺産分割がされてしまうかもしれません。このような場合にも、【遺言執行者】につけておけば、遺言の内容が実現されやすくなるでしょう。
遺言執行者になれるのは誰?
【遺言執行者】は、相続人しか就任できないものではなく、相続人以外の人が就任することもできます。
そのため、相続人や弁護士のような専門家だけでなく、友人・知人や相続人以外の親戚の人が【遺言執行者】となることもできます。
もっとも、【遺言執行者】は、一般的に、相続人のだれか一人がなるか、弁護士等の専門家がなるケースが多いといえます。
相続人の中に相続手続きに慣れた人がいない場合や、遺言の内容を実現するための手続きが複雑だったり、専門的な知識が必要となるケースでは弁護士を【遺言執行者】とするのがよいでしょう。
遺言執行者になれない人
【遺言執行者】になることができないのは、法律上、未成年者と破産者だけです(1009条)。
認知症が入っている方のように、事理弁識能力に問題のあるおそれが大きい者であっても、そのことだけで欠格事由とはされていません。
ただし、遺言執行には、複雑な手続きが絡むことも多く、実際に職務を遂行する能力がない場合には、解任とされるリスクが高いので注意しましょう。
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遺言執行者の選任について
既に説明しましたが、【遺言執行者】に就任するには大きく分けて2つのケースがあります。
①あらかじめ「遺言者」上で【遺言執行者】が指定され、遺言者の相続開始後、【遺言執行者】に指定された者がこれを受け入れて遺言執行者に就任するケース
②遺言者の相続開始後、相続人らの申立てにより、裁判所が【遺言執行者】を選任するケース
いずれにしても、遺言執行者となる者の承諾が必要となります。
遺言書に複数の遺言執行者が指名されていた場合
遺言書に複数の【遺言執行者】が指名されているケースも存在します。例えば、複数の受遺者を指定した場合に、それぞれを【遺言執行者】として指定する場合などです。
このように、【遺言執行者】として複数の者を指定することができ、法律上も、複数の者が遺言執行者に就任している場合は「その任務の執行は過半数で決する」と規定しています(民法1017条1項)。ただし、遺言で別の意思表示していた場合はそちらが優先しますので、遺言執行者間の決定権限の割合は自由に設定しておくことが可能です(同但書)。これらの例外として、保存行為(債権の取り立て、時効完成防止措置、第三者に対する妨害排除請求等)は単独で行うことができます。
家庭裁判所で遺言執行者を選任する方法
上記②のとおり、家庭裁判所で【遺言執行者】を選任することもできます。
家庭裁判所で【遺言執行者】を選任する場合は、必要な書類及び申立書を家庭裁判所に提出することになります。
一般的には、以下の書類と、申立書が必要です。
- 遺言者の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本(全部事項証明書)
- 遺言書写し又は遺言書の検認調書謄本の写し(申立先の家庭裁判所に遺言書の検認事件の事件記録が保存されている場合(検認から5年間保存)は添付不要)
*ただし、これらは、申立先の家庭裁判所に遺言書の検認事件の事件記録が保存されている場合(検認から5年間保存)は添付不要) - 遺言執行者候補者の住民票又は戸籍附票
- 利害関係を証する資料(親族の場合、戸籍謄本(全部事項証明書)等)
遺言執行者の仕事の流れ
それでは、【遺言執行者】の仕事は、どのような流れで仕事していくのか見ていきましょう。
具体的には、以下の流れで行われるのが一般的です。
①相続開始(被相続人の死亡)
②遺言や家庭裁判所での選任手続きな度を経て遺言執行者の指定と承諾
③相続人その他の利害関係人に対して遺言執行者に就いた旨の通知(通知書には、遺言書の複写を添付し、遺言執行者が遺産の管理や遺言執行に必要な一切の権利義務を有し、相続人に遺産の管理処分権が存しない旨を記載すべきです。)
④相続人の調査
⑤相続財産の調査
⑥財産目録の作成
⑦遺言の執行(預金の払い戻しなど)
遺言執行者の辞任
【遺言執行者】に就任した後は、簡単に辞任するなどして職務放棄できません。
辞任するには家庭裁判所の許可が必要になりますし、辞任には「正当な理由」が要求されます。
正当な事由に該当するか否かの判断は裁判所の裁量によるところですが、病気や長期の不在等、やむを得ない事情がある場合には辞任が認められる可能性があると思います。
他方、専門知識の面で挫折したり、遂行するのが困難であるというような場合は、遺言執行者の復任権があるため、弁護士などの専門職に依頼することで十分対応可能と判断される場合があるでしょう。
任務を怠る遺言執行者を解任できる?
それでは、上記のとおり、辞任ではなく、相続人らが【遺言執行者】を解任することはできるのでしょうか。
結論的には、任務を怠る【遺言執行者】を解任することはできます。
もっとも、簡単な手続きで【遺言執行者】を解任できるわけではありません。
利害関係人が家庭裁判所に【遺言執行者】の解任を請求し、家庭裁判所がそれに理由があると考えて、解任の審判をしたときに初めて遺言執行者は解任されます。家庭裁判所は、【遺言執行者】が任務を怠ったときや、解任について正当な事由がある場合には、解任審判を行うことになります。その結果、【遺言執行者】は解任されます。
解任できる場合とは、相続人からの請求に対して報告を怠った場合、遺言者の意思に反するような不公正が生じている場合等、【遺言執行者】としての任務を懈怠した場合や、心身の故障により【遺言執行者】に適正な遺言の執行を期待できない事由を指します。
遺言執行者が亡くなってしまった場合、どうしたらいい?
【遺言執行者】が就任前や就任後に死亡する場合も中にはあります。
ただし、【遺言執行者】が死亡しても、相続人に【遺言執行者】の任務は承継されません。そのため、新たに【遺言執行者】を選任しなければ、【遺言執行者】はいない状態となります。
もっとも、【遺言執行者】が有していた報酬請求権などの権利義務は、【遺言執行者】の相続人に引き継がれます。そのため、それまでの【遺言執行者】の仕事への報酬は、相続人に支払う必要があります。また、相続人の側も、委任終了後の引継ぎをする義務が生じます(654条)。
遺言執行者についてお困りのことがあったら弁護士にご相談ください
【遺言執行者】は、その権限も責任も大きいものです。
遺言内容によっては、【遺言執行者】が遺言内容の実現に必須という場合もありますし、状況によっては裁判所への申立てや、訴訟の対応が必要になるケースもあります。相続人の関係が悪く、中立的な第三者が遺言内容を実現すべきという場合や、遺言の内容によっても、【遺言執行者】がいなければ円滑な手続は期待できないという場合もあるでしょう。
そもそも、『遺言』を作成する段階で、【遺言執行者】を指定しておくかなどを判断しておくことは、遺言や相続に関するトラブルを防止し、遺言者の意思を実現することに大きく寄与する可能性が高くなります。
そのため、『遺言』の作成段階から、相続問題に精通した弁護士に相談しておくことをお勧めいたします。
また、【遺言執行者】に指定されているが、どう進めたらよいか分からないという人についても、そもそも就職を承諾すべきかどうかの判断や、行うべき手続の内容等、速やかに弁護士に相談することを強くお勧めします。
このように、【遺言執行者】にまつわる問題については、注意点やポイントがいくつもあります。
弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士は、相続問題や遺言問題に精通しており、遺産問題について数多くの経験を有しておりますので、お困りの方はぜひ一度ご相談下さい。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:51009)