監修弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長 弁護士
相続問題が起こった際には、故人(以下、「被相続人」といいます。)が借金を残して死去する、財産が不明だがどうも僅かそうであるケースも多いです。
もっとも、相続をしてしまうと、被相続人の財産だけではなく、借金といった負の財産までも受け継ぐことになります。また、さまざまな背景から、親族といえどもはや被相続人と関わりたくないということもあるでしょう。
このようなケースでも、もし、死亡した被相続人に莫大な借金があった場合、関わり合いになりたくないときにも相続せざるを得ないのかというと、相続放棄という手段を利用して、こういった事態を回避することができます。
もっとも、相続放棄にはデメリットもあるため、その点をきちんと理解して対応することが肝要です。
そこで、相続問題、相続放棄案件に精通した弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士が相続放棄のデメリット等について解説していきたいと思います。
目次
相続放棄で生じるデメリットとは?
まず、相続放棄とは、被相続人の相続財産について、積極財産(プラスの財産)と消極財産(マイナスの財産)の全ての承継を拒否するものであり、相続放棄を行った場合には、初めから相続人ではなかったものとして扱われます。
そのため、相続放棄を行った場合、上記したとおり、相続財産の全てを放棄することとなるため、積極財産がある場合にも、それを承継することはできなくなることに注意が必要です。
なお、相続放棄については、以下の記事でも詳しく解説しておりますので、ぜひご参照ください。
相続放棄の手続き方法と注意点について全ての遺産を相続できなくなる
プラスの財産 | マイナスの財産 |
---|---|
・預貯金 ・不動産 ・株式等 ・自動車、貴金属 |
・借入金 ・損害賠償債務 ・買掛金等 |
上記したとおり、相続放棄を行うと、被相続人が残した相続財産の全てを放棄することとなるため、消極財産(例えば、借金)の弁済等を行わなくて良くなる反面、積極財産(例えば、実家の不動産)を取得することができなくなります。
そのため、相続放棄を行う前に、できる限り被相続人の財産関係を調査して、相続放棄を行った方が利益になるのかについて検討をすることが望ましいと言えます。
なお、「相続財産調査」については、以下の記事でも詳しく解説しておりますので、ぜひご参照ください。
相続財産調査について他の相続人とトラブルに発展するおそれがある
相続放棄を行うと、初めから相続人ではなかったとみなされます。
そのため、以下の相続順位にしたがって、自身の次の順位の相続人に相続権が移ることとなります。
そうすると、被相続人が借金を負っている等の事情がある場合、被相続人の借金の債務は、これまで相続とは無関係であると考えていた次の順位の相続人が負うことになってしまいます。
相続人間のトラブルを回避するためにも、あらかじめ自身が相続放棄をする旨を伝えておいた方が得策と言えます。
第1順位 | 子(死亡している場合は孫) |
---|---|
第2順位 | 親(死亡している場合は祖父母) |
第3順位 | 兄弟姉妹(死亡している場合は甥・姪) |
なお、「相続順位」については、以下の記事でも詳しく解説しておりますので、ぜひご参照ください。
相続の順位と相続人の範囲について相続放棄したら原則撤回できない
相続放棄を一旦行った場合、原則としてその撤回はできません。
例えば、相続放棄を行った後に、実は被相続人の積極財産(高額な預貯金など)が発覚した場合であっても、それを理由として相続放棄を撤回することはできません。
なお、一度相続放棄をしてしまうと、相続放棄の熟慮期間内(自己に相続があったことを知った日から3か月間)であっても、撤回することはできないため注意が必要です。
ただし、例外として、未成年者が親権者等の同意を得ずに相続放棄を行った場合や、成年後見人が相続放棄をした場合、詐欺や脅迫によって相続放棄がなされた場合等には取消しが認められる可能性もあります。
生命保険金・死亡退職金の非課税枠が使えない
被相続人が死亡したことで取得した生命保険金や死亡退職金は、相続財産には含まれません。
そのため、相続放棄を行っても、生命保険金等を受け取ることは可能です。
もっとも、生命保険金及び死亡退職金は、相続税の課税対象となるところ、相続放棄をした人が生命保険金等を取得した場合には、非課税の適用はありません。
※非課税の適用がある場合は、死亡保険金及び死亡退職金について、500万円×法定相続人の数(相続放棄した人も含む)を超える部分にのみ相続税が課税されます。
相続放棄をした場合でも受け取れる財産については、以下の記事でも詳しく解説しておりますので、ぜひご参照ください。
受け取っても相続放棄に影響しない財産について家庭裁判所で手続きをしなければならない
相続放棄は、単に相続放棄の意思を表明する等では足りず、家庭裁判所での手続きが必要となります。
手続きとしては、相続放棄について申述書を作成し、戸籍等の必要書類を集めて、家庭裁判所へ提出しなければなりません。
申述書の作成や必要書類の収集を行わなければならない等、手続きが煩雑である上に、熟慮期間という短期間内で手続きを終えなければならないことから、弁護士に依頼することをおすすめします。
なお、相続放棄の手続については、以下の記事でも詳しく解説しておりますので、ぜひご参照ください。
相続放棄の手続き方法と注意点について相続に強い弁護士があなたをフルサポートいたします
相続放棄のメリットとは?
相続放棄を行った場合のメリットとしては、以下のようなものが考えられます。
例えば、被相続人の全ての財産を放棄することになるため、借金などの消極財産を引き継がなくて済みます。そのため、被相続人に多額の借金があったとしても、相続放棄を行えば、借金の取り立てを回避でき、自身がその債務の弁済をする必要はなくなります。
また、相続放棄を行うことで、最初から相続人ではなかったとみなされるため、相続人間で相続争いが生じた場合に、その紛争に巻き込まれることもなくなります。
相続放棄をする際の注意点
相続放棄は、相続人の資格を確定させる極めて重要なものであるため、相続放棄をする前に知っておくべき注意点は複数あります。
以下、詳しく紹介します。
相続放棄には期限がある
相続放棄は、自己に相続があったことを知った日から3か月間以内に行う必要があります(熟慮期間といいます。)。
この期間を徒過した場合、単純承認したものとみなされ、原則として相続放棄は認められません。
もっとも、相続財産が多数ある等、調査に時間がかかり、熟慮期間の3か月以内に財産調査が完了せず、相続放棄の判断ができない場合には、家庭裁判所に対して「相続放棄のための申述期間伸長の申請」を行って、期間を延長させることも可能です。
なお、相続放棄における期限に関しては、以下の記事でも詳しく解説しておりますので、ぜひご参照ください。
相続放棄の期限はいつまで?生前の相続放棄はできない
相続放棄は、被相続人の生前(相続開始前)に行うことはできません。
その理由として、被相続人の存命中は被相続人の財産が変動するため、相続放棄をするか否かについて適切な判断ができないためです。
財産に手を付けてしまうと相続放棄が認められない
相続財産に手をつけてしまうと、相続放棄が認められない可能性があるため、注意が必要です。
例えば、以下のようなことをしてしまうと、相続について単純承認をしたとみなされ、相続放棄が認められなくなります。
①被相続人の預貯金を引きだして利用する・自身の口座へ入金する
②被相続人の預金を解約して自身の名義に変更する
③被相続人の財産を売る等処分する
④被相続人の債権を取り立てる
⑤被相続人の債務を相続財産の中から弁済する
以上の行為を行うと相続放棄が認められなくなる可能性があるため、注意しましょう。
相続放棄しても管理義務が残る場合がある
相続放棄を行っても、不動産や株式等、管理が必要な財産がある場合には、その財産を、上記した次の「相続順位」の相続人に引き渡すまで、当該財産の管理義務を負う可能性があります。
例えば、相続人が一人しかいない場合には当該相続人が、複数の相続人がいるがその全員が相続放棄をした場合には最後に相続放棄をした相続人が、その財産の管理義務を負うことになります。
なお、民法改正によって、2023年4月からは、相続放棄のときに相続財産に属する財産を現に占有している場合には、管理義務を負うこととなります。
相続放棄でトラブルにならないためのポイント
相続放棄を行うと、自身の次の順位の相続人に相続権が移ることで、次の順位の相続人が被相続人の債務を負う可能性が生じるなど、相続間でトラブルへと発展する可能性があります。
そのため、相続放棄を行う際は、以下に述べることに注意が必要です。
他の相続人に相続放棄する旨を伝える
相続放棄を行っても、その事実は裁判所から他の相続人へ通知されることはありません。
そのため、相続放棄を行った場合に、相続放棄を行ったことについて、他の相続人に連絡をしなければ、他の相続人は相続人のうちの1人が相続放棄を行ったことについて知らないままです。
上述したように、相続人のうちの1人が相続放棄を行うと、他の相続人が被相続人の債務を負う等の問題が出てくるため、できるだけ、相続放棄を行う際は、事前に相続人に連絡して、話合いを行うことが得策であるといえます。
相続財産を正確に把握する
上述のとおり、相続放棄は相続人の資格を確定させる極めて重要なものであるため、相続放棄を行う際には、被相続人の積極財産や消極財産の内容をしっかりと調査して、把握する必要があります。
相続財産調査には、被相続人の預貯金の口座があった金融機関の調査や不動産関係の調査等があり、相続人本人が行うこともできますが、必要書類を揃えなければならない等手続きが煩雑であったり、被相続人の財産が広範に渡るために調査に時間がかかったりすることがあるため、弁護士に依頼することをおすすめします。
なお、「相続財産調査」については、以下の記事でも詳しく解説しておりますので、ぜひご参照ください。
相続財産調査について「限定承認」をする選択肢も
相続人が、被相続人の財産を相続するか否かの選択肢として、単純承認、相続放棄の他に「限定承認」というものがあります。
「限定承認」とは、被相続人の財産について一応承認はするものの、債務の支払限度は、積極財産の範囲までしか負担せず、積極財産を超える消極財産については引き受けないというものです。 相続人が、被相続人の債務の一部を引き受けても、暮らしていた家や家宝などを引き継ぎたい場合などに、限定承認は役立つものといえます。 ただし、「限定承認」を行うには、相続人全員の同意が必要となります。
また、「限定承認」も、相続放棄と同様に、相続開始を知ってから3か月以内の熟慮期間中に、家庭裁判所へ限定承認の申述を行う必要があります。
なお、「限定承認」については、以下の記事でも詳しく解説しておりますので、ぜひご参照ください。
限定承認とは相続に強い弁護士があなたをフルサポートいたします
相続放棄に関するQ&A
以下、相続放棄に関してよくある質問に回答したいと思います。
土地や家を相続放棄する場合のデメリットはありますか?
相続人全員が相続放棄をした場合や、相続人が自身1人のみである場合には、土地や家等の不動産の処分が済むまで、その不動産を管理する手間や維持費等がかかってしまいます。
また、相続放棄を行った場合、相続財産その物以外に、相続財産から発生する利益についても受け取ることはできなくなるため、相続財産である不動産から発生する家賃収入や売却利益について取得することができなくなります。
被相続人の子供が相続放棄すると、兄弟の相続分は増えますか?
被相続人の子が相続放棄を行った場合、被相続人の親が既に亡くなっていたり、相続放棄を行っているときには、被相続人の兄弟に相続順位が移ります(被相続人の子が相続放棄をした場合、次順位は被相続人の直系尊属、その次の順位が兄弟姉妹です。)。
そのため、被相続人の兄弟姉妹が被相続人の財産を相続することとなりますが、積極財産のみならず、消極財産も引き継ぐことになります。
なお、「相続順位」については、以下の記事でも詳しく解説しておりますので、ぜひご参照ください。
相続の順位と相続人の範囲について相続人の全員が相続放棄したら、借金は誰が払うのでしょうか?
相続人の全員が相続放棄を行った場合、「相続財産管理人」が選任された後、被相続人の借金については、被相続人の積極財産の範囲内で債権者に対して弁済が行われます。
また、被相続人の借金に保証人がいる場合には、その保証人が返済義務を負うため、保証人によって借金の返済がなされることになります。
相続放棄ができないケースはありますか?
相続放棄ができないケースとしては、上述したとおり、①相続放棄の熟慮期間を徒過してしまった場合、②相続の単純承認にあたる相続財産の処分等を行った場合が挙げられます。
①について、熟慮期間を徒過してしまった場合には、原則として相続放棄は認められないため、必ず熟慮期間内に家庭裁判所へ相続放棄の申述を行うか、財産調査等が間に合いそうになければ、「相続放棄のための申述期間伸長の申請」を行う等対策を行う必要があります。
また、②については、相続放棄をするのであれば、被相続人の相続財産についてはできる限り触れないことをおすすめします。
相続に強い弁護士があなたをフルサポートいたします
相続放棄で後悔しないためにも、弁護士に相談することをおすすめします。
これまで述べてきたとおり、相続放棄を行うためには、被相続人の財産の調査をしっかりと行って、財産や債務の状況を正確に把握する必要があります。その上で、相続放棄を選択する場合には、家庭裁判所に対し、申述書や必要な書類等を提出する必要があります。
相続放棄のために必要な相続財産調査や、家庭裁判所への申述書及び必要書類の提出等は、手続きが煩雑な上に、熟慮期間内という短期間の時間的制約もあり、焦ってミスが生じやすくもなります。
そのため、相続放棄をすべきかどうか迷われた際には、専門家である弁護士に早めに相談されることをおすすめします。
この点、弁護士法人ALG神戸法律事務所には、相続問題、相続放棄案件について精通した弁護士が在籍しておりますので、お気軽にご相談にいらしてください。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:51009)