監修弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長 弁護士
故人(「被相続人」といいます。)が作成した遺言書が出てきたものの、被相続人は生前に認知症を患っており、そもそもこの遺言書が有効なのか分からず、遺言書のとおりに遺産を分けてよいものかが分からない等といった、認知症と遺言書の効力についてお悩みを持たれている方は少なくないと思います。
特に、生前、老衰も相まって判断能力が低下された状態であったなどの事情も多く耳にするので、認知症も罹患しているのならさらに遺言書の有効性は大きな争点になるものといえます。
そこで、本ページでは、相続問題、遺言書問題に精通した弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士が、認知症の人が書いた遺言書に効力はあるのか、またその有効性はどのように判断されるかについて解説していきます。
目次
認知症の人が書いた遺言書に効力はあるのか
結論として、認知症の人が書いた遺言書の効力は、有効といえる場合と無効となる場合、どちらもあります。
遺言書が有効となるためには、遺言者が、遺言書の作成時に遺言能力があることが必要となるところ(民法961条)、遺言者が認知症であるという事実のみでは、遺言者が遺言能力を欠き、遺言書が無効であるということにはならないためです。
そのため、後述するように、遺言書が有効と判断される場合もあれば、無効と判断される場合もあるのです。
有効と判断される場合
遺言書が有効と判断されるためには、上記したとおり、「遺言能力」を有する者によって遺言書が作成されている必要があります。この「遺言能力」とは、遺言の内容及びこの遺言によって生ずる効果を理解して、判断できる能力をいいます。この「遺言能力」の有無については、遺言時を基準として、遺言者が問題となっている遺言書の意味内容を理解する能力が欠如していたかどうかを判断します。
この際の判断要素としては、①遺言者である被相続人の認知症等の症状の程度等、②遺言書の難易の程度、③遺言に至った合理性や動機等を総合的に考慮して、遺言能力を喪失していたか否かについて決します。
これを踏まえると、例えば、遺言の内容が「相続人Aに、全財産を相続させる」等といった、複雑な判断をする必要のない簡単なものであれば、この遺言書の内容を判断するための遺言能力はそれ程高い水準が要求されないため、遺言書の効力が認められやすくなるだろうといえます。
また、生前、相続人Aは被相続人の面倒をとてもよく見ていた等の事情が加われば、遺言者の相続人Aに全財産を譲りたい意思は自然であるといえるため、遺言書の効力が認められる要素となるでしょう。
無効と判断される場合
遺言能力を判断する際の要素としては、上述したとおりです。
それを踏まえると、例えば、遺言者が遺言時に、自身の名前も分からず、自身の子の顔も名前も分からなくなっているような、認知症の症状が非常に重たい場合等には、遺言能力が認められない要素となり得ます。
また、遺言書の内容について、信託銀行が作成した多数の不動産を一部共同相続させる等、複雑な内容となっている場合には、遺言能力が認められない要素となり得ます。
もっとも、遺言書の有効・無効については、それぞれのケースにおいて、様々な要素を考慮して判断がなされます。そのため、認知症であるからといって、単純に遺言書が無効といえないというのは勿論のこと、その他の条件についても、総合的な考慮が必要であるため、一概に答えを出すことは困難であるといえます。
なお、その他遺言書が無効となるケースについては、以下の記事でも解説しておりますので、ご参照ください。
遺言書が無効となるケース公正証書遺言で残されていた場合の効力は?
「公正証書遺言」とは、交渉役場において、証人2人及び公証人が立ち会う中で、一定の方式のもと作成される遺言書のことです。
「公正証書遺言」は、自筆証書遺言と比べて、その作成に公証人等がかかわっていることから、一定の信用性が担保されてはいますが、認知症の方が作成した遺言書が公正証書だったという事実から、当該遺言書が直ちに有効と取り扱われるわけではありません。
公正証書によって、作成されていたとしても、それは、上述した総合考慮の中の1要素であるに過ぎません。
例えば、公正証書遺言を作成していても、公正証書作成時に、遺言者がアルツハイマー型認知症の後期症状であり、自身の名前や家族の名前も認識できない状態であった等の事情があった場合には、遺言作成時に、本人が遺言内容を理解していたとはいえないことから、無効と判断される可能性があります。
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遺言能力とは
上述のとおり、「遺言能力」とは、遺言の内容及びこの遺言によって生ずる効果を理解して、判断できる能力をいいます。
この遺言能力の有無について、遺言時を基準として、遺言者が問題となっている遺言書の意味内容を理解する能力が欠如していたかどうかを判断します。
遺言能力の判断基準
遺言能力の判断要素としては、上述したとおり、①遺言者である被相続人の認知症等の症状の程度等、②遺言書の難易の程度、③遺言に至った合理性や動機等を総合的に考慮して、遺言能力を喪失していたか否かについて決します。
遺言能力の有無は誰が判断するの?
遺言能力が裁判所で争われる場合、具体的には、「遺言無効確認訴訟」が提起されるなどした場合には、最終的な判断者は裁判官となります。
裁判官は、上述した考慮要素を、考慮要素を証明する証拠に基づいて認定した上で、当該遺言書が有効であるか無効であるか判断します。
もちろん、この際、医師が当該被相続人が認知症であったと診断していた事実は重要な考慮要素となりますが、それだけで、無効とするような単純な判断をすることは考え難いです。
なお、「遺言無効確認訴訟」については、以下の記事でも詳しく解説しておりますので、ぜひご参照ください。
認知症の診断が出る少し前に書かれた遺言書がでてきた。有効?無効?
認知症の診断が出る少し前に書かれた遺言書というだけでは、その遺言書が有効であるか無効であるかは判断ができません。
これまでにも述べてきたとおり、遺言書が有効であるか無効であるかについては、様々な要素を総合考慮して判断するものですので、遺言書が書かれた少し後に認知症の診断が出たことは、遺言時の遺言者の病状という考慮要素の1事情とはなり得ます。
この事実から、認知症の診断が出た時期が遺言書作成時と近いということは、遺言者が遺言書を作成した際の精神状態が、遺言書の内容を判断できるものではないと推認され、遺言書の効力を否定する方向に働く事情ではありますが、だからといって、この事情のみで有効・無効が判断できるものではないといえます。
診断書は無いけど認知症と思しき症状があった…遺言書は有効?無効?
これについても、診断書がないことをもって、遺言書が有効か無効か判断することはできません。
遺言書が有効であるか無効であるかの判断は、様々な要素を総合的に考慮してなされるため、医師による診断書がないことも判断材料の一要素に過ぎません。
確かに、医師による認知症の診断書は、遺言者である被相続人の遺言時の精神状況等を推認する重要な証拠ではありますが、これがなかったとしても、他の証拠によって、上述した判断要素が証明されれば、遺言書が無効であると判断される可能性もあります。
例えば、診断書はなくとも認知症と思しき症状があったのだとすれば、介護にあたっていた家族の証言や、介護施設や医療施設等の診療記録、遺言者本人の日記等から、遺言時に遺言内容の判断を行う能力がなかったため遺言書は無効であると判断される可能性もあります。
まだら認知症の人が書いた遺言書は有効?
まだら認知症であったことのみを理由に、遺言書の有効か無効かは判断できません。
まだら認知症とは、常に認知症の症状があるのではなく、認知症の症状がムラのある状態で表れるものをいいます。まだら認知症の場合、激しい物忘れの症状はあるものの専門的な物事を判断する判断能力には問題がなかったり、一日の中でも時間によって同じことができたりできなかったりするなど、症状にムラが生じます。
例えば、家族の名前を思い出せないものの、高度な専門書を読んで理解することができる、朝は自分自身で身繕いができなかったにもかかわらず、夜には何ら問題なく行える等です。
このような症状が出ているまだら認知症の人が遺言書を作成した場合、その人が遺言時に遺言能力があったと認められ、遺言書の効力が有効と判断されるかどうかについては、個々の諸事情に照らさないと判断できないものといえます。
そのため、遺言書の内容の複雑性や、遺言書を作成した前後の事情、当該内容の遺言書を作成する合理性があるか等を総合的に判断していくこととなります。
認知症の人が書いた遺言書に関する裁判例
遺言書が有効と判断された裁判例
【東京地判令和4年3月2日】
87歳のAが、遺言書作成時に、精神上の障害により、必ずしも事理を弁識する能力が十分でなかった可能性は否定することができないと認定されるものの、遺言書作成当時の生活状況や、遺言書作成時の状況等に照らして、遺言時の遺言能力が認められ、遺言書が有効でると判断されました。
この裁判例において考慮された事情は、ディサービスに通ってはいるものの、週一回程度であったこと、自宅で単身居住していたというAの遺言書作成当時の生活状況や、Aが遺言書作成時に、自ら付言事項を作成しており、その内容や形式に不自然な点は見当たらないこと、Aの署名押印に乱れがないこと等が上げられます。
遺言書が無効と判断された裁判例
【東京地判平成29年4月26日】
82歳のAが、平成23年3月に軽度認知症と診断され、平成24年1月13日に自筆証書遺言を作成し、「Bの妻Cに預けた4000万円は全てYにあげて下さい」等の内容の記載があった事案です。
この裁判例においては、Aが直腸がんの治療のために平成23年4月5日から5月30日まで入院していた病院の診療記録に自分の病名や入院理由が分からないことが度々あり、「私はどうしてここにきたの?」等の発言を繰り返したという記載があったことや、平成23年12月4日に自宅で小火を起こすも他人に助けを求めず部屋でうずくまっていたこと等から、遺言書作成当時には中程度の認知症まで進行していたこと、当該遺言書の内容が、認知症が進行する前に作成された遺言公正証書の内容と大きく異なること等から、Aの遺言能力を否定し、無効と判断しました。
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認知症の方の遺言書については弁護士にご相談ください
生前に認知症と判断されていた方が遺言書を残していた場合、正常な判断能力がある状態で作成されたものではないということで、相続人間でその遺言書の有効性が争われることは少なくありません。
もっとも、これまで述べてきたとおり、遺言書の有効性は、様々な考慮要素を総合判断して判断されます。そのため、遺言書の有効性を争われる場合には、遺言書の有効性について有利な主張を行い、またそれを証明する証拠を獲得するためにも、専門家である弁護士に早期にご相談されることをおすすめします。
弁護士法人ALG神戸法律事務所には相続問題、遺言書問題に経験豊富な弁護士が多く所属しております。ご来所頂けましたら、これまで得た経験やノウハウに基づき、ご相談者様にとってベストな解決策をアドバイスさせていただきますので、ぜひ一度ご相談ください。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)