監修弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長 弁護士
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会社は、従業員を法定時間外・休日・深夜に働かせた場合、割増賃金を支払わなければなりません。
割増賃金を支払わなければならないとされているのは、通常は法定時間内で収まるべき労働を、時間外に行った従業員への経済的な補償という目的はもちろん、会社側の経済的負担を増やすことで、時間外労働そのものを抑制しようという目的を果たすものとされています。日本の割増率はいまだ低水準で、さらなる時間外労働の抑制が目指されています。
働き方改革のもとで、会社側でも従業員のライフワークバランスを確保すべく労働時間管理が重要な課題となっている中で、労働時間管理の重要性はさらに高まり、割増賃金を適正に支払うことは重要な課題となっているものと思います。
そこで、会社としても割増賃金の算定に当たっての注意点、除外される賃金等が何かなど、会社として知っておくべきことについて、労働問題、会社側の労務管理問題に精通した弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士が以下解説していきます。
目次
割増賃金の算定から除外される賃金・手当とは?
まず、割増賃金とは何かから見ていきましょう。
割増賃金とは、会社側が従業員に残業等を行わせた場合に、通常の賃金に上乗せして支払うべき賃金のことを指します。
かかる割増賃金の算定において、「以下の賃金・手当のみ」を除外できることになるので注意いしましょう(労働基準法第37条第5項、労働基準法施行規則第21条)。
これらの賃金・手当は個人的な事情によって支給されるものであり、労働の内容とは無関係なため、割増賃金の金額において考慮するのは不公平だとの考えから除外するものとされています。
- 家族手当
- 通勤手当
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住宅手当
- 臨時に支払われた賃金
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金
以下、詳しく見ていきましょう。
なお、割増賃金として皆様がよく耳にする、「残業代」とは何か、その計算方法はどのようなものか、については、以下の記事で詳しく解説しておりますので、ぜひご参照ください。
①家族手当
割増賃金の算定において、除外される賃金・手当の一つは、①「家族手当」です。
ここでいう①「家族手当」とは、扶養家族数又はこれを基礎とする家族手当額を基準として算出した賃金・手当のことをいいます。
扶養家族数を基準として金額が決められるものが「家族手当」ということなので、家族の人数に関わりなく従業員に対して一律に支払われるようなものは、「家族手当」の名目で支払われていても、除外される賃金・手当とはなりません。
つまり、「家族手当」を割増賃金の算定から除外できるか否かを判断するにあたっては、単に名称によるものでなく、その実質によって考えるべきものとされています(昭和22年9月13日基発第17号)。
以下、割増賃金の算定において除外されない賃金・手当のケースについて、詳しく見ていきましょう。
除外されないケース
「家族手当」という名称であっても、割増賃金の算定において除外されないケースがあります。
例えば、以下のようなケースです。
- 「家族手当」であっても、家族がいる従業員との均衡上、独身の従業員にも一定額が支払われている場合、独身者に支払われている部分は、家族手当ではないとされます(昭和22年12月26日基発第572号)。
- 「家族手当」でも、本人に対して支給されている部分(扶養家族数に入れている部分)は「家族手当」には該当しません(昭和22年12月26日基発第572号)。
- 扶養家族がいる従業員に対し、その家族数に関係なく一律に支給されている手当も、家族手当とはみなされません(昭和22年11月5日基発第231号)。
②通勤手当
割増賃金の算定において、除外される賃金・手当の一つは、②「通勤手当」です。
ここでいう②「通勤手当」とは、従業員が職場まで通勤する距離に応じて定められる賃金・手当あるいはその交通費実費のことをいいます。
職場までの通勤距離や交通費の実費額を基準として金額が決められるものが「通勤手当」ということので、通勤距離や交通費実費に関わりなく従業員に対して一律に支払われるようなものは、通勤手当の名目で支払われていても、除外される賃金・手当とはなりません。
つまり、「通勤手当」を割増賃金の算定から除外できるか否かを判断するにあたっては、単に名称によるものでなく、その実質によって考えるべきものとされています。
以下、割増賃金の算定において除外されない賃金・手当のケースについて、詳しく見ていきましょう。
除外されないケース
上記したとおり、「通勤手当」という名称であっても、従業員Aにも従業員Bにも従業員Cにも一律に2万円支給するというように、通勤の距離や交通費の金額に関係なく、従業員全体に一律に支払われるようなものは、割増賃金の算定において除外される賃金・手当の「通勤手当」には含まれません。
③別居手当・単身赴任手当
割増賃金の算定において、除外される賃金・手当の一つは、③「別居手当・単身赴任手当」です。
ここでいう③「別居手当・単身赴任手当」とは、勤務先が遠隔地などの理由から、同一世帯の扶養家族との別居を余儀なくされる従業員に対して、世帯が分かれることによって増加する生活費を補うために支給される賃金・手当のことをいいます。
そのため、単身赴任など遠隔地での勤務を余儀なくされるなどの理由から支給されるものではない手当については、割増賃金の算定において除外される賃金・手当の「別居手当・単身赴任手当」には当たりません。
④子女教育手当
割増賃金の算定において、除外される賃金・手当の一つは、④「子女教育手当」です。
ここでいう④「子女教育手当」とは、従業員の子の教育費の援助として支払われる賃金・手当のことをいいます。
従業員の子の教育費の援助として支払われるものが「子女教育手当」なので、子女教育手当という名目であっても、例えば、子の人数や教育費等を考慮せずに、従業員全員に一律に支払われているような場合には、子の教育費の援助とはいえず、割増賃金の算定において除外される「子女教育手当」とはいえません。
⑤住宅手当
割増賃金の算定において、除外される賃金・手当の一つは、⑤「住宅手当」です。 かかる⑤「住宅手当」とは、住宅に関する費用に応じて算定される賃金・手当のことをいいます。 家賃や住宅ローンの支払金額など住宅に関する費用を基準として金額が決められるものが「住宅手当」なので、住宅関連費用に関わりなく従業員に対して一律に支払われるようなものは、割増賃金の算定において除外される「住宅手当」とはいえません。
除外されないケース
上記「住宅手当」として割増賃金の算定において除外されないケースとしては、住宅の形態、例えば、一戸建てとマンションといった形態に応じて、それぞれ一律に定額を支給する場合も、割増賃金の算定において除外される「住宅手当」とはいえません。
⑥臨時に支払われた賃金
割増賃金の算定において、除外される賃金・手当の一つは、⑥「臨時に支払われた賃金」です。
ここでいう「臨時に支払われた賃金」とは、文字通り、臨時的・突発的事由に基づいて支払われたもの(病気欠勤や病気休職中の従業員に支給される加療見舞金や退職金)や、例えば、結婚手当のように、あらかじめ確定されているものの、支給されるかどうかが不確定であり、なおかつ非常に稀に発生する賃金・手当のことをいいます。
しかし、臨時的・突発的事由に基づいて支払われたものや、例えば、結婚手当のように、あらかじめ確定されているものの、支給されるかどうかが不確定であり、なおかつ非常に稀に発生する賃金・手当のことが「臨時に支払われた賃金」なので、これらに当たらないものは割増賃金の算定において除外される「臨時に支払われた賃金」とはいえません。
除外されないケース
上記「臨時に支払われた賃金」として割増賃金の算定において除外されないケースとしては、「勤勉手当」の名目であっても、毎月、遅刻欠勤の有無等の査定に応じて支給される手当が挙げられます。
かかる手当については、支給事由の発生が不確定とは言えないため、「臨時に支払われた賃金」には当たらず、割増賃金の算定において除外することはできません。
⑦1か月を超える期間ごとに支払われる賃金
割増賃金の算定において、除外される賃金・手当の一つは、⑦「1か月を超える期間ごとに支払われる賃金」です。
かかる⑦「1か月を超える期間ごとに支払われる賃金」とは、例えば、半年に1回だとか1年に1回だとかの頻度で支払われる賃金・手当のことをいいます。例としては、以下のようなものが挙げられます。
- 賞与・ボーナス
- 出勤成績によって支払われる精勤手当
- 一定期間の継続勤務に対して支払われる継続勤務手当
- 1か月を超える期間にわたる事由によって支払われる奨励加給や能率手当
割増賃金の算定を誤るとどのようなリスクがあるか?
これまで、割増賃金の算定において除外される賃金・手当を見てきました。
では、会社側において、割増賃金の算定を誤るとどのようなリスクがあるでしょうか。
まず、割増賃金の算定を誤り、金額を低く計算してしまった場合には、当然ながら未払の問題が発生しますが、一人の従業員だけで起きていることは稀で、多くの従業員の間で同時に起きていることが多いです。
そして、割増賃金については、割増率も大きく、未払の割増賃金の問題が発覚した際には、会社として多額の未払の割増賃金の支払いに追われ、資金繰りに窮するだけでなく、会社に愛想を尽かした従業員が会社から流出してしまうなどして、人員にも窮することになりえます。
さらには、割増賃金の未払いが生じた場合には、場合によっては刑罰が科されるおそれもあります。
なお、割増賃金については、以下の記事でも詳しく解説しておりますので、ぜひご参照ください。
就業規則に除外賃金の規定を設ける必要性
では、割増賃金の算定において除外される賃金・手当について、就業規則に明記すべきなのでしょうか。
結論から申し上げますと、割増賃金の算定において除外される賃金・手当は、上記7つのみであり、その他の手当については、除外する旨就業規則に定めたとしても、会社の判断で割増賃金の算定から除外することはできません。
そのため、就業規則に除外される賃金・手当を明記する必要性は必ずしもありません。
しかし、逆に、会社として割増賃金の算定に含む(除外しない)とすることは当然できますので、このような場合には、就業規則(賃金規程)に明記するようにしましょう。
割増賃金の除外賃金に関する裁判例
割増賃金の算定において除外される賃金・手当について問題となった裁判例を紹介します。
「小里機材事件」(最判昭和63年7月14日判決)と呼ばれる裁判例です。
事件の概要
事件の概要ですが、従業員からの割増賃金の請求に対して、会社が、「住宅手当」、「皆勤手当」、「役付手当」、「乗車手当」の各手当を除外して、割増賃金を算定していたため、これらの手当を除外して算定して良いかどうかが問題となったものです。
裁判所の判断
最高裁は、時間外労働等に対する割増賃金の算定に際しての、算定基礎額からの除外賃金に関する労働基準法37条4項、及び同施行規則21条の規定は、制限的に列挙したものとした原判決を維持して、上記7つの賃金・手当以外の除外を認めませんでした。
さらに、具体的に支払われている賃金・手当が、除外の対象となるかどうかは、名称にかかわらず実質によって取り扱うことも肯定したものとされています。
ポイント・解説
これまで見てきたとおり、割増賃金の算定において除外される賃金・手当は、上記の7つのみであり、除外できるかどうかを正確に見ていくことができないと、会社としては、未払いの割増賃金の問題を抱えることとなり、会社経営上のリスクを抱えることになりますので注意するようにしましょう。
割増賃金を正しく算定するためにも、不明点があれば弁護士にご相談ください。
割増賃金を含めて賃金は、従業員にとって生活に直結する大切なものであるため、法令によって厳重に保護されています。さらに、労働基準法が改正されたことで割増賃金の請求についても時効が延長されたため、未払いの割増賃金が生じてしまうと、法的に争うことになった際の従業員からの請求金額が、現状よりも高額となるおそれがあります。
このように、会社としては、どのようなケースで割増賃金を支払うべきか、どの算定は適切にできているかなどを把握し、対応していく必要があります。
このような割増賃金に関する様々な疑問等については、会社側の労働問題、労務管理に精通した弁護士に相談すべきです。
弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士は、これまで数多くの会社側からの相談を受け、労務管理のアドバイスを行ってきましたので、お困りの場合には、一度ぜひご相談ください。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)
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- ※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円)
- ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。
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