監修弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長 弁護士
被相続人が多額の借金・債務を残して亡くなった場合に、相続人としては、相続放棄を選択することがあります。
ただし、相続放棄をすると、被相続人が、生前に生命保険に加入していた場合に、その生命保険金さえ受け取れなくなるのではないかとご心配になるかもしれません。
これについて、生命保険金は、相続放棄をした場合であっても、被相続人が受取人として指定されていれば、原則として受け取ることができます。ただ、相続放棄を行った後に生命保険を受け取る場合にかかる税金等、注意が必要な点が多数あります。
そのため、本記事では、相続問題、遺産分割問題に精通した弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士が、相続放棄をした際に受け取ることができる生命保険や、受け取る際の注意点について詳しく解説していきます。
目次
相続放棄しても生命保険(死亡保険金)は受け取れる?
まず、相続放棄とは、被相続人の遺産について一切の権利義務を放棄することであり、初めから相続人ではなかったとみなされます。
そのため、相続放棄を行うと、被相続人の財産は基本的に受け取ることができなくなります。
もっとも、生命保険は保険契約に基づくものであり、「受取人が誰に指定されているか」で、取り扱いに差異が生じます。
どのような場合に、相続放棄をしても生命保険金を受け取ることができるのか、以下で詳しくご説明します。
なお、相続放棄については、以下の記事でも解説しておりますので、ぜひご参照ください。
相続放棄しても生命保険が受け取れるケース
まず、生命保険の受取人が特定の相続人と指定されている場合、当該相続人は、相続放棄を行っていても、被相続人の生命保険金を受け取ることができます。
その理由は、生命保険は生命保険契約に基づいて支払われるものであり、生命保険の受取人が特定の相続人と指定されている場合、その生命保険金は、被相続人の財産ではなく、当該相続人の固有の財産として扱われるためです。
そのため、相続放棄を行ったことで相続財産は受け取ることができなくなっても、受取人に指定された相続人の固有の財産として、受け取ることが可能なのです。
なお、受取人の指定がない場合であっても、生命保険の約款等に、「死亡保険金の受取人の指定がない場合は、法定相続人に支払う」等と定められている場合にも、生命保険は相続財産には含まれませんので、相続放棄を行っても受け取ることが可能です。
相続放棄すると生命保険が受け取れないケース
生命保険の受取人が被相続人となっている場合や、被保険者が被相続人でない場合には、相続放棄をすると、生命保険金を受け取ることができないので、注意が必要です。
まず、生命保険の受取人が被相続人となっている場合、生命保険金は、被相続人に支払われた後に、相続人が相続人よって取得することとなります。そのため、一旦、被相続人の相続財産となった生命保険金を、相続人が相続によって取得することになる以上、相続放棄をしてしまうと、受け取ることはできません。
次に、例えば、被相続人である父親が契約者で、その長男が被保険者の生命保険契約がなされていたとします。その場合、契約者である父親が亡くなっても、被保険者が亡くなってはいないため、その保険契約は継続し、相続人に、相続財産として引き継がれることになります。
そのため、相続人は当該保険契約を解約して解約返戻金を受け取ることができるところ、この場合も、相続財産となることから、相続放棄をしてしまうと、受け取ることはできません。
生命保険を受け取ってしまったら相続放棄できない?
生命保険の受取人が被相続人になっている場合、すなわち、生命保険が相続財産に含まれる場合、生命保険を受け取ってしまうと相続放棄はできません。
その理由として、相続人は、被相続人の財産の全部または一部を処分すると、相続財産を単純承認したとみなされ、単純承認した場合には、無限に被相続人の権利義務を承継することになるためです。
上述したとおり、受取人が被相続人の生命保険は、相続財産となりますので、それを受け取ってしまうと、被相続人の財産である生命保険を処分したこととなり、単純承認したものとみなされます。
そのため、単純承認が成立してしまう結果、相続放棄が認められなくなってしまうのです。
相続放棄に関して、受け取って良いもの、受け取ってはいけないものが何かなどについては以下の記事でも解説しておりますので、ぜひご参照ください。
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相続放棄後の生命保険にも相続税がかかる
もっとも、受取人が相続人になっている等、法的には相続財産ではない生命保険も、税制上では課税対象となりますので、生命保険は相続税の課税対象です。
このような資産のことを、「みなし相続財産」といいます。
以下では、税金面についても触れていきたいと思います。
相続放棄した本人は非課税枠が使えない
生命保険には、「500万円×法定相続人数」分について課税されないという相続税の非課税枠があります。これについて、相続放棄をした場合であっても、非課税額の計算上、法定相続人数には数えられます。
もっとも、相続放棄をした場合には、この相続税の非課税枠の適用が除外されるため、注意が必要です。
【具体例】ですが、
被相続人の死亡によって保険金4000万円が、受取人である相続人A及びBに2000万円ずつ支払われた場合に、Bのみが相続放棄をしたとします。
この場合に相続税が課税される生命保険の金額は以下のとおりです。
①Aの相続税が課税される保険金額
2000万円-(500万円×2人)×2000万円/2000万円=1000万円
②Bの相続税が課税される生命保険の金額
2000万円(非課税の適用除外)
※計算方法は、当該相続人が受け取った生命保険額-(500万円×法定相続人数)×当該相続人が受け取った額/全ての相続人が受け取った生命保険額です。
相続放棄しても基礎控除は適用される
相続税は、「3000万円+600万円×法定相続人数」の基礎控除が受けられます。
この基礎控除は、相続放棄をした場合でも適用されます。
そのため、生命保険金が、基礎控除額の範囲内である場合には相続税はかからず、また、相続税の申告も不要となります。
【具体例】ですが、
被相続人の死亡によって保険金4000万円が、受取人である相続人A及びBに2000万円ずつ支払われたとします。
この場合、基礎控除額は、3000万円+600万円×2人=4200万円となるため、生命保険金が基礎控除額の範囲内となって、相続税はかかりません。
もっとも、保険金が基礎控除額の4200万円を超える場合には、その超えた部分については、相続税が発生します。なお、その際、相続人中に相続放棄をした人がいる場合、相続放棄をした人が負担するはずだった相続税は、他の相続人が法定相続分に応じた額を負担することとなります。
贈与税や所得税が課税されるケースも
被相続人が被保険者の場合、契約者と受取人によっては、相続税以外の税金がかかる場合があります。以下、解説していきます。
【贈与税が課税されるケース】
契約者(保険料を負担している人物)が生きている場合、生命保険は、「生きている別の人が相続放棄した人への贈与」とみなされ、贈与税がかかります。
例えば、母が契約者で、被保険者及び被相続人が父、その子が保険金の受取人である場合には、契約者である母が、受取人である子に対して、父の生命保険金を贈与したとみなされることから、贈与税がかかるのです。
【所得税が課税されるケース】
契約者と受取人が同一人物の場合、生命保険金は一時所得か雑所得として扱われるため、所得税がかかります。
例えば、妻が契約者で、被保険者及び被相続人が夫、受取人が妻である場合に、妻には、夫の生命保険金の所得があったとして、所得税がかかります。
相続放棄で死亡退職金・遺族年金の受け取りはどうなる?
相続放棄をしたときであっても、生命保険以外の「死亡退職金」や「遺族年金」を受け取ることができる場合があります。
以下、「死亡退職金」や「遺族年金」を受け取ることができるのはどんな場合なのか、説明していきます。
なお、相続放棄に関して、受け取って良いもの、受け取ってはいけないものが何かなどについては以下の記事でも解説しておりますので、ぜひご参照ください。
受け取っても相続放棄に影響しない財産とは死亡退職金
死亡退職金についても、受取人が相続人と指定されている場合には、相続放棄をしても受け取ることができます。
なぜなら、生命保険と同様、受取人が相続人と指定されている場合には、相続財産とはならず、相続人の固有の権利となるためです。
もっとも、受取人が被相続人となっている場合には、相続財産となるため、相続放棄をすると受け取ることができません。また、受取人が定められていない場合は、その死亡退職金が相続財産になるのか否か、裁判上で争いがあるため注意が必要です。
遺族年金
遺族年金とは、国民年金または厚生年金保険の被保険者または被保険者であった人が、亡くなった場合に、その人によって生計が維持されていた遺族が受け取ることのできる年金をいいます。
遺族年金は、上記の性質から、遺族の固有の権利に基づいて受給するものであり、相続財産に含まれないため、相続放棄をしても受け取ることができます。
相続放棄と生命保険に関する判例
生命保険について、死亡した本人以外の特定人を受取人と指定されている場合には、保険契約における受取人たる地位に基づいて保険金を取得するものであり、相続財産ではないと考えられています。
では、保険金の受取人を、特定の相続人等と指定するのではなく、単に、「被保険者が死亡の場合はその相続人」と指定された場合であっても、被相続人の生命保険金は、相続財産とはならず、固有の財産となるかについて、最高裁昭和40年2月2日判決は以下のとおり判断しました。
最高裁は、特段の事情がない限り、右契約は、被保険者死亡の時における相続人たるべき者を受取人として特に指定したいわゆる「他人のための保険契約」と解するのが相当であるとして、このような場合の当該保険金請求権は、保険契約の効力発生と同時に相続人の固有財産となり、相続財産から離脱していると解するのが相当であるとし、特定人を指定せず、単に相続人とだけ指定した場合においても、相続財産ではなく固有の財産となると結論づけました。
よくある質問
それでは、よくある質問について解説していきます。
受取人指定なしの生命保険の場合、相続順位はどうなりますか?
生命保険の受取人の指定がない場合であれば、民法の相続のルールに従って相続がなされます。
そのため、有効な遺言書がある場合には、それに従って、生命保険金の受取先が決まりますし、有効な遺言書がない場合には、以下の表とおり、法定の相続順位に従って、生命保険金が受け取れます。
なお、第1順位の子には、胎児、養子、非嫡出子も含まれます。
第1順位 | 子(死亡している場合は孫) |
---|---|
第2順位 | 親(死亡している場合は祖父母) |
第3順位 | 兄弟姉妹(死亡している場合は甥・姪) |
なお、「相続順位」については、以下の記事でも解説しておりますので、ぜひご参照ください。
相続の順位とは相続放棄しても入院給付金を受け取ることはできますか?
入院給付金についても、これまで本記事で説明してきたのと同様に、入院給付金の受取人が家族となっていた場合には、固有の権利として、相続財産には含まれません。
そのため、このような場合であれば、相続放棄をしても、入院給付金を受け取ることは可能です。
もっとも、入院給付金の受取人が被相続人となっていた場合には、相続財産となるため、相続放棄をしてしまうと受け取ることができません。
被相続人が借金を残していた場合、受け取った生命保険は差し押さえの対象になりますか?
被相続人が借金を残していた場合であっても、被相続人の生命保険の受取人が相続人となっていた場合には、相続人は固有の権利として、生命保険金を受け取ります。
そのため、相続人が、生命保険金を受け取っても、相続放棄をする場合には、債権者は受け取った生命保険金を差し押さえることはできません。
もっとも、相続人が相続放棄をせず、債権者の被相続人に対する債務を相続した場合、相続人が相続した当該債務の履行ができないときには、債権者が生命保険金を差し押さえてくる可能性はあります。
相続に強い弁護士があなたをフルサポートいたします
相続放棄時の生命保険について不明点があれば、弁護士に相談することをおすすめします。
本記事では、相続放棄をした場合であっても、被相続人が加入していた生命保険の受取人が被相続人以外で指定されていた場合には、その受取人は生命保険金を受け取れることについて解説してきました。
そのため、生命保険については、まず誰が受取人に指定されているかを確認することが重要となります。
生命保険と相続放棄については、生命保険の受取人を含めた保険契約の問題や、税金上の問題等、様々な問題が絡むことから、ご自身で判断せずに、専門的な知識を有する弁護士に相談されることをおすすめします。
弁護士法人ALG神戸法律事務所には、相続放棄をはじめとする相続問題を数多く解決している弁護士が多く在籍していますので、お悩みの際は、一度、気軽にご相談ください。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:51009)