監修弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長 弁護士
交通事故で怪我をすると、それまで通り仕事ができなくなり、収入が減ってしまうこともあります。そのような将来における減収分は、「後遺障害逸失利益」として請求できる可能性があります。
しかし、逸失利益は“未だ発生していない損害”に対する補償ですので、支払いや金額について相手方保険会社ともめる傾向にあります。そのため、被害者も計算方法や相場を把握しておき、根拠に基づいて交渉していく必要があるでしょう。
本記事では、交通事故に精通した弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士が交通事故の被害者が受け取れる後遺障害逸失利益について解説します。計算方法は被害者の属性によって異なりますので、しっかり確認しておきましょう。
目次
後遺障害逸失利益とは
後遺障害逸失利益とは、「事故の後遺症がなければ得られていたであろう収入」のことです。
事故のせいで歩けなくなった、視力が著しく低下したなどの後遺障害が残った場合、以前のように働けず、収入も減少すると考えられます。後遺障害逸失利益は、そのような将来分の減収を補償するために支払われます。
なお、後遺障害逸失利益を請求できるのは、1級~14級いずれかの後遺障害等級が認定された方が基本です。また、実際に収入を得ていた会社員や自営業の方だけでなく、主婦や子供、高齢者の方なども請求できることがあります。一方、無職者の場合、労働意欲や就労見込みが高い場合に限り請求できるのが基本です。
後遺障害逸失利益の計算方法
後遺障害逸失利益は、以下の計算式によって算出します。
【有識者または就労可能者】
1年あたりの基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に応じたライプニッツ係数
【18歳未満の未就労者】
1年あたりの基礎収入×労働能力喪失率×(67歳までのライプニッツ係数-18歳に達するまでのライプニッツ係数)
※基本的に、症状固定時の年齢を用います。
また、具体的な算出方法は被害者の立場や年齢によって異なります。それぞれ詳しく見ていきましょう。
基礎収入の算出方法
基礎収入とは、被害者が事故前に得ていた収入のことです。逸失利益の計算では、基本的に事故前年度の年収をあてはめます。
一方、主婦や未就労者など実際の収入がない方については、年齢に応じた平均賃金を用いるのが一般的です(「賃金センサス」という統計を参照します)。
詳しくは被害者の立場や年齢によって異なりますので、以下でそれぞれご説明します。
給与所得者(会社員など)
“事故前年度の年収”を基礎収入とします。源泉徴収票や給与明細をもとに、基本給・各種手当・賞与などの合計額が用いられます。
ただし、被害者が30歳に満たないような若者である場合、将来の昇給の確実性を考慮し、より高額な“全年齢平均賃金”や、“規定に基づく昇給額”が認められる可能性があります。
一方、定年などにより減収が見込まれる場合、それ以降は基礎収入を下げて計算することもあります。
個人事業主(自営業など)
“事故前年度の確定申告所得額”が基礎収入となります。売上総額から諸経費を差し引いた純利益を用いるのが一般的です。
なお、確定申告しなかった場合や過少申告をしていた場合、領収書や帳簿によって実収入を証明できれば逸失利益を請求できる可能性があります。
また、事故前年度が赤字で収入がゼロだった場合も、事業回復の見込みがあると判断されれば、全年齢平均賃金をもとに逸失利益を請求できる可能性があります。
会社役員
役員報酬として給与を得ている場合、“労務対価部分”のみ基礎収入として認められるのが通常です。一方、“利益配当部分”は、怪我の程度にかかわらず一定額が支給されるため、減収分として考慮されません。
なお、労務対価部分は、会社の規模・被害者の職務内容や年齢・事故後の報酬額の推移などを踏まえて算定されます。例えば、会社が小規模で役員も従業員と同様に働いていたようなケースでは、労務対価部分が多く認められやすいでしょう。
家事従事者(主婦など)
家事労働は本来給与の支払いに値するため、主婦でも逸失利益を請求することができます。主婦の基礎収入は、“女性の全年齢平均賃金”を用いるのが基本です(主夫の方も同様です)。
ただし、兼業主婦の場合、実際の収入と平均賃金を比べて高額な方を基礎収入とします。なお、主婦の休業損害と仕事の休業損害を二重取りすることはできないためご注意ください。
無職
就職活動中など働く意欲があり、就労の見込みが高い場合、逸失利益を請求できる可能性があります。
基礎収入については、就職先が決まっていればその給与をもとに算定するのが一般的です。一方、就職先が未定の場合、前職の給与やそれまでの職歴、全年齢平均賃金などを踏まえて判断することになります。
なお、生活保護受給者にも逸失利益は認められますが、賠償金をもって市区町村へ生活保護費を返還する必要があります。
学生
賃金センサスの“学歴計・男女別の全年齢平均賃金”を基礎収入とみなします。
ただし、大学在学中や大学進学の見込みが高い場合、学歴別平均賃金のうち“大卒の平均賃金”が採用される可能性があります。
また、内定をもらっている場合、就職先で支払われる予定の給与額を基準とするケースもあります。
高齢者
就労状況によって、給与所得者・無職者・家事労働者と同じように基礎収入を算定します。
ただし、賃金センサスの平均賃金を用いる場合、高齢者は若者より労働能力が下がると考えられるため、“全年齢の平均賃金”ではなく“年齢別の平均賃金”を用いるのが一般的です。
一方、年金生活者は基本的に逸失利益を請求することができません。なぜなら、後遺障害が残っても年金額が減ることはなく、損害は発生していないと考えられるためです。
幼児・児童
幼児や児童も、賃金センサスの“全年齢の平均賃金”を基礎収入とします。
ただし、年少女子については、女性の平均賃金ではなく、男女計の平均賃金を用いる傾向にあります。これは、男性の平均賃金よりはるかに低い女性の平均賃金を用いると、男児・女児で逸失利益に不合理な差ができてしまうためです。
なお、将来、全年齢平均程度の収入が得られないであろう特段の事情がある場合、“年齢別平均賃金”や“学歴別平均賃金”が採用される可能性もあります。
労働能力喪失率
労働能力喪失率とは、「後遺障害によってどれだけ労働能力が失われたか」を示した割合です。認定された後遺障害等級に応じて、下表のように割合が決められています。
ただし、必ず下表の割合が認定されるとは限りません。特に、身体に傷跡が残る「外貌醜状」や背骨の骨折による「脊柱変形障害」、「内臓障害」といった後遺症は、運動機能障害に直結するものではないと主張されるケースが多いです。そのため、相手方保険会社から「仕事にさほど支障はない」と主張され、労働能力喪失率で争いとなる傾向があります。
実際の減収額や仕事への影響を詳しく説明し、適切な労働能力喪失率を認めてもらうことが重要でしょう。
等級 | 労働能力喪失率 |
---|---|
第1級~第3級 | 100% |
第4級 | 92% |
第5級 | 79% |
第6級 | 67% |
第7級 | 56% |
第8級 | 45% |
第9級 | 35% |
第10級 | 27% |
第11級 | 20% |
第12級 | 14% |
第13級 | 9% |
第14級 | 5% |
労働能力喪失期間の算出方法
労働能力喪失期間とは、労働能力の低下がどれほど続くのかを表したものです。基本的に、「症状固定日から67歳(就労可能とされる年齢)」までの年数が用いられます。
ただし、後遺症が軽度な場合、年数が経つにつれ症状も軽くなりやすいことから、労働能力喪失期間も短くなるケースが多いです。例えばむちうちの場合、労働能力喪失期間は5年~10年とされるのが一般的です。
なお、労働能力喪失期間については、被害者の年齢や就労開始時期によって考え方が変わります。世代別に詳しくみていきましょう。
幼児~高校生
高校を卒業する18歳で就職し、67歳まで働き続けるとみなして計算します。
よって、労働能力喪失期間は、「67歳-18歳=49年間」となります。
ただし、大学進学が確実な場合、大学生の計算方法に準ずるのが一般的です。
大学生
大学を卒業する22歳で就職し、67歳まで働き続けるとみなして計算します。
よって、労働能力喪失期間は、「67歳-22歳=45年間」となります。
会社員
後遺症が残らなければ、67歳まで労働能力を落とすことなく働けたとみなして計算します。
よって、労働能力喪失期間は、「67歳-症状固定時の年齢」となります。
高齢者
高齢者の場合、すでに67歳を超えていたり、67歳を超えても働き続けるのが明らかだったりすることがあります。そこで、高齢者の労働能力喪失期間は、以下の2つのうちいずれか長い方を用いるのが基本です。
- 67歳-症状固定時の年齢
- 症状固定時における平均余命の2分の1
中間利息の控除
中間利息の控除とは、逸失利益を受け取ったことで生じる利益を差し引くことです。
将来にわたって得るはずだったお金を一度に受け取ると、預金にして利息を受け取るなど過剰な利益も発生することになります。そこで、そのような利益を賠償金から差し引き、加害者との公平を図ることになっています。
交通事故の場合、中間利息の控除には「労働能力喪失期間に応じたライプニッツ係数」が用いられます。
ライプニッツ係数
ライプニッツ係数とは、逸失利益の中間利息控除で用いる係数のことです。法定利息3%※に基づいて算出されるため、逸失利益の対象年数(労働能力喪失期間)によって数値が変わります。詳しくは国土交通省のHPをご覧ください。
ただし、18歳未満の子供については係数表が異なります。子供は基本的に18歳になってから働くと仮定されるので、現在の年齢で算出すると不合理な結果になってしまうからです。
そこで、子供については、「67歳までのライプニッツ係数-18歳までのライプニッツ係数」を用いることになります。
※民法改正後の法定利息となります。令和2年4月1日より前に発生した事故の場合、旧法定利息5%が適用されます。
就労可能年数とライプニッツ係数表(国土交通省)まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
後遺障害逸失利益の計算例
ここで、実際に後遺障害逸失利益を計算してみましょう。いくつかケースを取り上げますので、参考になさってください。
※賃金センサスは、令和2年度の統計を参照しています。
※民法改正後の法定利息となります。令和2年4月1日より前に発生した事故の場合、旧法定利息5%が適用されます。
16歳の男子高校生 後遺障害等級8級に該当した場合
「1年あたりの基礎収入×労働能力喪失率×(67歳までのライプニッツ係数-18歳に達するまでのライプニッツ係数)」で計算します。それぞれの項目は、
- 1年あたりの基礎収入:545万9500円(賃金センサスの“学歴計・男女別の全年齢平均賃金)
- 労働能力喪失率:45%(後遺障害等級8級)
- ライプニッツ係数:24.038(労働能力喪失期間49年)
よって、後遺障害逸失利益は、「545万9500円×0.45×24.038=5905万5957円」となります。
50歳の公務員 年収800万円 後遺障害等級12級に該当した場合
「1年あたりの基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に応じたライプニッツ係数」で計算します。それぞれの項目は、
- 1年あたりの基礎収入:800万円
- 労働能力喪失率:14%(後遺障害等級12級)
- ライプニッツ係数:13.166(労働能力喪失期間17年)
よって、後遺障害逸失利益は、「800万円×0.14×13.166=1474万5920円」となります。
30歳の専業主婦 後遺障害等級14級に該当した場合
「1年あたりの基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に応じたライプニッツ係数」で計算します。それぞれの項目は、
- 1年あたりの基礎収入:381万9200円(女性の全年齢平均賃金)
- 労働能力喪失率:5%(後遺障害等級14級)
- ライプニッツ係数:22.167(労働能力喪失期間37年)
よって、後遺障害逸失利益は、「381万9200円×0.05×22.167=423万3010円」となります。
後遺障害逸失利益を増額させるポイント
まず、適切な後遺障害等級認定を受けることが重要です。等級によって労働能力喪失率が異なり、逸失利益の金額に大きく影響するためです。ただし、後遺障害等級申請にあたっては、「怪我と事故の因果関係」や「怪我の医学的見解」などを十分に証明する必要があります。
また、基礎収入が正しく算定されているかも確認することがポイントです。特に主婦や学生の場合、賃金センサスを参照しながら慎重に確認しなければなりません。
弁護士であれば、これらのポイントをしっかり押さえて相手方保険会社と交渉することが可能です。弁護士法人ALGでは交通事故に精通した弁護士が多数おりますので,ぜひお早めにご相談ください。
減収がない場合の後遺障害逸失利益
後遺症が残っても、実際の減収がなければ基本的に逸失利益は認められません。ただし、減収しなかったことに「特段の事情」がある場合、逸失利益の請求が認められる可能性があります。
例えば、特段の事情として、「本人の特別な努力によって減収が生じなかったこと」や「勤務先の配慮によって減収を免れていること」などがあれば逸失利益を請求しやすいといえます。
この特別な事情により、逸失利益が認められた裁判例があります。
医師がふらつきや耳鳴りで後遺障害等級併合11級に認定された事案で、実際の減収はなかったものの、聴診器による診察や内視鏡操作を同僚に代わってもらうといった不都合が生じていました。
そこで裁判所は、「現在の収入は本人の特別な努力や時間外労働から得られており、今後、後遺障害が影響を及ぼす可能性がある」と判断し、37年間20%の労働能力喪失を認めました(岡山地方裁判所 平成23年3月2日判決)。
後遺障害逸失利益に関する解決事例・裁判例
ここで、弊所の弁護士が介入し、被害者に有利な後遺障害逸失利益が認められた事例を2つご紹介します。
耳鳴りなどの症状から後遺障害等級12級相当の認定が受けられ、後遺障害逸失利益などの増額に成功した事例
交差点で右直事故に遭った依頼者が、むちうちや両耳鳴りの症状を負った事案です。依頼者は約8ヶ月の通院後、両耳鳴症が残り後遺障害等級12級の認定を受けましたが、逸失利益の算定について相手方保険会社と争いになりました。
保険会社は、「両耳鳴症は事故直後に生じたものではない」と主張し、依頼者の労働能力喪失率は5%、労働能力喪失期間は3年と低水準を提示してきました。
弊所の弁護士は、交渉が難航すると踏み、まず交通事故紛争処理センターに和解あっせん手続きを申し立てました。また、依頼者の医療記録を精査したり、事故前後の業務内容を整理したりして、残った症状と事故の因果関係について丁寧に主張・立証を行いました。
その結果、こちらの主張をしっかり取り入れたあっせん案が提示され、当初より約4倍も増額した賠償金を受け取ることができました。
弁護士が介入したことで学生の後遺障害逸失利益と後遺障害等級14級9号が認められた事例
依頼者(高校生)が自転車で横断歩道を横断中、右後方から相手方車両に衝突され、むちうち・左上腕骨近位不全骨折などの怪我を負った事故です。通院8ヶ月後の後遺障害等級申請で一度非該当になりましたが、弊所の弁護士が異議申立てを行ったところ、肩と腰の痛みについて後遺障害等級14級9号が認定されました。
しかし、相手方保険会社は、「依頼者が高校生なので逸失利益は発生しない」と主張し、逸失利益の支払いを否定してきました。
これに対し、弊所の弁護士が「卒業後に就業する可能性があること」などを根拠に逸失利益を請求したところ、最終的にこちらの主張がほぼ認められ、当初よりも大幅に増額した賠償金を受け取ることができました。
後遺障害逸失利益は弁護士に依頼することで増額できる可能性があります
後遺障害逸失利益は被害者の立場や年齢によって計算方法が変わるため、適切な金額が提示されているかしっかり確認する必要があります。しかし、労働能力喪失率などは非常にややこしいですし、基礎収入の算定が複雑な方もいます。そのため、ご自身で適切な金額を求め、相手方保険会社と交渉していくのは相当な負担がかかるでしょう。
弁護士に依頼すれば、逸失利益の計算から保険会社との増額交渉まですべて任せることができます。よって、被害者は怪我の治療に専念できたり、より有利な賠償金をもらえたりするなど多くのメリットを受けることができるでしょう。
弁護士法人ALG神戸法律事務所には、これまで数多くの交通事故事案を扱ってきた弁護士が揃っています。豊富な経験と知識を活かし、ご依頼者様1人1人の状況に合った対応が可能ですので、ぜひお気軽にご相談ください。
-
保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)