労務

使用者の誠実交渉義務とは

神戸法律事務所 所長 弁護士 小林 優介

監修弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長 弁護士

  • 使用者責任

労働組合との団体交渉について、使用者側(以下、「会社側」と同義で使用させていただきます。)には誠実交渉義務という義務があります。
この誠実交渉義務の違反が認められると、「不当労働行為」だと評価され、労働委員会の救済命令や損害賠償命令等の問題を生じさせる可能性があります。

そのため、使用者側としては、誠実交渉義務とは何かを知ることで、こういった問題を回避できたり、よりよい「団体交渉」を行うようにすべきといえますので、本記事では、会社側の労働問題、労務管理、団体交渉問題に精通した弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士が誠実交渉義務について解説いたします。

目次

使用者の誠実交渉義務とは

使用者の誠実交渉義務とは、文字どおり、労働組合等と誠実に団体交渉をする義務をいいます。 労働組合法(以下、「労組法」と言います。)7条2号において、使用者が、労働組合と団体交渉をすることを正当な理由がなく「拒むこと」を「不当労働行為」として禁止しており、これが使用者側の誠実交渉義務の根拠となります。
この誠実交渉義務の内容としては、労働組合の代表者と直接会見し誠実に協議する義務や会見の場で労働組合の要求・主張に応じて使用者としての回答や主張を行う義務等があるとされています。
もっとも、実務においては、誠実に交渉するといっても、何をもって誠実だといえるのかがよく問題となり、組合側の考える「誠実さ」と、会社側が考える「誠実さ」では求めているレベルも違うこともありますので、留意が必要です。

労働組合との団体交渉

そもそも、労働組合の団体交渉とは、何でしょうか。
労働組合の目的は、「労働者の労働条件の維持改善」にあります。つまり、労働者一人では、会社側と協議することは困難であることから、労働組合を組織して、団体で会社側と協議して、労働者の労働条件の維持・改善を図ろうというものです。

そして、憲法28条で保障されているのですが、労働組合は、労働者の代表者として会社と労働条件について協議する権利があります。つまり、労働組合が会社と協議することを団体交渉といいます。
そして、労働組合の団体交渉が憲法28条で保障されていることの反面として、使用者側の団体交渉の際の注意点について定めたものが誠実交渉義務とされています。

使用者は労働組合に譲歩する義務まで有するのか?

誠実交渉義務の内容として、団体交渉において、使用者側が労働組合に譲歩する義務までは含まれていません。
そもそも、誠実交渉義務とは、「交渉の相手方である労働組合等とのやり取り(交渉)の中で、誠意をもって対応をしましょう」という意味以上のものではありません。
そのため、「団体交渉に応じると、最後には必ず労働組合側の意見に譲歩しないとダメだから応じたくない」という会社側の担当者も一定数おられますが、それは誤解です。
労働組合の要求に応じられないのであれば、その理由と根拠を示した上で丁寧に説明することで足り、要求を必ずしも飲まないといけないわけではありません。

誠実交渉義務の相対性について

誠実交渉義務は、労働組合の交渉の態度等によって、どこまで対応するべきか、という点が変化しうる部分には注意が必要です。
つまり、どのような内容や態度でも、同じ程度・度合いで「誠実さ」が要求される絶対的なものではなく、交渉相手である組合の交渉過程での要求内容や態度の変化によって影響を受ける相対的・流動的な義務であるということです。
例えば、労働組合の交渉体制の準備が整っていない、そもそも団体交渉の協議事項として不適切といった事情等があれば、団体交渉を打ち切ったとしても正当とされることもあります。
 このように、どの程度が「誠実な交渉対応か」という点は、交渉相手である労働組合の態度等によって変化しますので、この点は、会社側として十分念頭に置いておくべきことといえます。

労働組合からの要求と会社側の対応方法

それでは、労働組合からの要求とそれに対応するべき会社側の対応方法について、具体的に説明していきます。

資料提供の要請にはどの程度応じるべきか?

労働組合側から資料提供の要望を受けたとしても、全ての資料を提供しなければならない義務はありません。
例えば、要望を受けた資料がそもそもない、破棄してしまったという事情であれば、そのことを理由を持って説明するべきです。
他方で、資料自体はあるものの、開示できない事情がある場合もありえます。例えば、機密事項を含む資料などについては、開示することができないのであれば、その旨を説明するべきです。
もっとも、前提としては、機密事項の開示ができるのかどうかについては十分検討すべきといえます。
また、この場合でも、使用者側に不利益な資料である場合には、出さないことのリスクもあるため、そのリスクを踏まえた個別の検討・対応が必要となります。

誠実交渉義務の判断基準

誠実交渉義務を果たしたかどうかはどのように判断されるのかを見ていきましょう。
誠実交渉義務の判断基準として、日本アイ・ビー・エム事件(東京地判平成14年2月27日労判830号66頁)で示された考慮要素が重要となり、この考慮要素の中で、使用者が合意達成を模索して努力したかどうかが誠実交渉義務の違反となるかのどうかの判断に影響すると示しました。
そのため、誠実交渉義務を果たしたかどうかを考える際に、以下の5つの考慮要素を参考に判断するべきといえましょう。

① 労働組合側の合意を求める努力の有無・程度
② 労働組合側の要求の具体性や追及の程度
③ ①②に応じた使用者側の回答又は反論の提示の有無・程度
④ ③の回答又は反論の具体的根拠についての説明の有無・程度
⑤ 必要な資料の提示の有無・程度

団体交渉における誠実交渉義務違反

それでは、使用者側が団体交渉における誠実交渉義務に違反した場合はどうなるのでしょうか。
誠実交渉義務の違反は、労組法7条に定められた「団体交渉拒否」(同条2号)に該当し、「不当労働行為」と評価されます。
この「不当労働行為」は、労働委員会における救済命令の対象であり、組合側が労働委員会に不当労働行為救済申し立てを行い、そこで「不当労働行為」だと認定されると、救済命令が下され、処分の撤回や損害賠償が命じられることになります。
そのため、会社側において、団体交渉における誠実交渉義務については違反すべきではないといえるでしょう。

不当労働行為とみなされるケース

上記で、誠実交渉義務の内容・程度は画一的ではなく流動的だと説明しました。
しかし、誠実交渉義務に違反する典型例はありますので、それをご紹介します。
次に示す対応方法を会社側が取ってしまった場合、どういった事情があっても、明らかに誠実交渉義務に違反していますので、十分にご注意ください。

①合意達成の意思のないことを最初から明確にした交渉態度
②交渉権限のない者による見せかけだけの団体交渉
③拒否回答や一般論のみで議題の内容につき実質的検討に入ろうとしない交渉態度
④合理性を疑われる回答への誠実な説明のないままの固執
⑤組合の要求や主張に対する回答、説明、資料開示などの具体的対応の不足

誠実交渉義務に関する判例

それでは、誠実交渉義務の違反が認められた判例をご紹介いたしますので、ご参考にしていただければと思います。

事件の概要

事案の概要ですが、労働組合Xが、Y社に対して、14項目及び賃上げや賞与についての団体交渉において誠実に対応しなかったことや、「職場を守る会」という従業員組合主催の新年会、忘年会、ビアパーティー及び旅行(以下「諸行事」という。)において、労働組合X所属の組合員の参加が妨げられていることなどを理由として、Y会による「不当労働行為」の救済を申し立てた

裁判所の判断(事件番号 裁判年月日・裁判所・裁判種類)

裁判所は、「使用者が労働者の団体交渉権を尊重して誠意をもって団体交渉に当たったかどうかについては、団体交渉の申入れの段階における対応、団体交渉の場において労使の対立点を可能な限り解消させる努力を行っていたか、そのための方法として、客観的具体的根拠を示して説明するなど相手方の納得を得るよう努力したか、最終的には双方が合意に達したとしても、団体交渉の過程における使用者の対応が労働者の団体交渉権を尊重した誠実なものであったかなどの観点から検討して判断されるべきものと解される。」としたうえで、主に以下の点を会社側の問題点として挙げて、「不当労働行為」と判断しました。

  • ・会社は、組合からの団体交渉の申入れを拒否して、会社回答による妥結・調印を議題とする団体交渉を申し入れ、会社回答による妥結・調印でなければ団体交渉に応じないとして具体的な協議を拒否したこと
  • ・会社はその後も組合からの団体交渉の申入れを拒否し続け、約二年間の間に三回しか団体交渉を行わなかったこと
  • ・会社は組合の要求を拒否するだけで、拒否回答の具体的な根拠等を示さず、対立点を可能な限り解消させようとの努力もしていないこと

ポイントと解説

誠実交渉義務は、使用者に、譲歩して労働組合と合意することまで義務づけるものではありません。
しかし、当該裁判例のように、使用者側が、団体交渉において、最初から全く譲歩をしないという交渉態度をとることや、または検討不足で十分な説明をしない場合などは、誠実交渉義務違反として、不当労働行為にあたる可能性があります。
 本裁判例における会社側の対応のように、全く譲歩しないどころか協議しないような態度については「不当労働行為」となる可能性が高いので、十分ご留意ください。

誠実交渉義務に関するQ&A

それでは、誠実交渉義務についてよくある質問に回答していきます。

使用者は労働組合の要求に必ず応じる義務があるのでしょうか?

上記記載したとおり、誠実交渉義務とは、「交渉の相手方である労働組合等とのやり取り(交渉)の中で、誠意をもって対応をしましょう」という意味以上のものではありません。
そのため、労働組合の要求に使用者が必ず応じる義務はなく、労働組合からの要求に応じられないのであれば、応じられない理由を根拠をもとにしっかりと説明することに努めるべきです。

団体交渉の申し入れがあったらまず何をすべきでしょうか?

団体交渉の申し入れがあった場合、団体交渉に対応する必要があるため、使用者側の担当者を決めるべきです。
使用者側の担当者を決めたら、団体交渉の日時、場所等を調整するなどの準備をしていきましょう。

労働組合からの不当な要求にはどう対応すべきですか?

使用者として、不当な要求であると考える理由を説明した上で、当該要求には応じられないと回答するべきです。
ただし、不当な要求だからといって、何らの理由も説明しなくてよいものではありません。
応じられない理由を説明することなく、ただ当該要求には応じないと回答した場合、誠実交渉義務の違反だと評価される可能性があります。
不当な要求であるという認識でも、誠実交渉義務があることを意識しておきましょう。

労働組合からの団体交渉の申し入れを放置するとどうなりますか?

団体交渉の申し入れを放置すると、「誠実さ」に欠ける対応だとして労組法7条の「団体交渉拒否」(同条2号)に該当し、「不当労働行為」だと評価される可能性がありますので、放置は絶対にやめるべきです。

団体交渉の際、文書や電話のみで対応することは不当労働行為にあたりますか?

文書や電話のみで対応することを理由に「不当労働行為」であると必ずしも評価されるわけではありません。
ただし、労働組合側が対面での協議を強く求め、対面での協議をしないことの積極的な理由がないままに、文書や電話のみで対応し続けると、「不当労働行為」だと評価される可能性が高まるといえます。
したがって、文書や電話のみで対応することは、注意が必要な対応だと認識するべきです。

労働組合との交渉で、双方の主張が対立したまま交渉が打切りとなることは不当労働行為にあたりますか?

団体交渉において、使用者側で労働組合からの要求に応じる義務がないことは既に説明したとおりです。そして、誠実交渉義務も、「交渉の相手方である労働組合等とのやり取り(交渉)の中で、誠意をもって対応をしましょう」という意味でしかありません。
したがって、実質的な議論を十分に尽くし、これ以上交渉することがないといえる状況や使用者として十分な説明を尽くしても、労働組合側が全く譲歩せず、双方の主張が平行線をたどる状況では、交渉を打ち切ったとしても、誠実交渉義務の違反にはならず、その結果、「不当労働行為」にも該当しないと考えます。

労働組合から要求された資料は全て提示する必要があるのでしょうか?

上記したとおり、労働組合側から資料提供の要望を受けたとしても、全ての資料を提供しなければならない義務はありません。
どういう資料を求められているのか、開示すべき資料なのかなどを事前に十分検討するようにしましょう。

解雇した社員が加入している労働組合から団体交渉を求められた場合、応じる必要はありますか?

既に解雇された社員であっても、解雇自体や解雇に関する退職条件等を団体交渉で協議する場合には、雇用する労働者と同様に扱う必要があります。
そのため、「既に解雇されたから」という事情のみで、団体交渉を拒否することは、誠実交渉義務の違反だと評価されるリスクがあります。
そのため、労働組合からの要求事項等をもとに対応を検討するべきです。

交渉担当者を弁護士にすることを認めなければ、団体交渉に応じないとすることは不当労働行為にあたりますか?

交渉の代理人として弁護士を入れることは珍しいことではなく、一般的なことだと思いますので、これだけで「不当労働行為」だと評価される可能性は低いといえます。
ただし、労働組合からの同意が得られないとしても、「交渉の代理人として弁護士を入れること」の理由や必要性を具体的に説明する必要性があることは認識しておくべきです。

組合側が暴力や脅迫行為に及んだ場合、団体交渉を打ち切ることはできますか?

組合側が暴力行為や脅迫行為に及んだ場合には、団体交渉を打ち切ることは可能だと考えます。
団体交渉は、労使双方が協議し、譲歩を重ねつつ、労働者の待遇又は労使関係上のルールについて合意を成立させることを主な目的とします。
そのため、双方担当者の自由な発言は許容されるべきですが、暴行や脅迫行為が正当化される余地はありません。労組法1条2項でも、「暴力の行為は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。」とあります。
したがって、使用者側として、労働組合が暴力や脅迫行為に及んだ場合には、そのことを理由に団体交渉を打ち切ると説明して、交渉を打ち切るべきです。

従業員が加盟している外部の労働組合から団体交渉を要求された場合、応じる必要はあるのでしょうか?

外部の労働組合でも従業員が加盟しているのであれば、当該団体からの団体交渉には応じる必要があります。
外部の労働組合とは、ユニオンや合同労組である場合がありますが、そもそも「労働組合」としての条件を満たしていない団体である可能性もあります。そのため、労働組合としての条件を満たさない団体からの団体交渉には応じるべきではありませんので、外部の労働組合からの団体交渉には、その労働組合自体の調査から入るべき場面もありますので、注意が必要です。

団体交渉において代表取締役が出席しないことは不当労働行為に該当しますか?

代表取締役が出席しないことを理由に「不当労働行為」だと評価される可能性は低いといえます。
団体交渉には、交渉をする権限を有する者が出席する必要があり、代表取締役に代わって交渉をする者(役員や人事部長等)が出席すれば足りますので、代表取締役の出席は必須ではありません。
なお、代表取締役が出席すれば、迅速かつ柔軟な進行が可能となる反面、労働組合から即断即決を要求されたり、不用意な発言によって不利益な事態が生じる可能性があり、一長一短です。 そのため、代表取締役の出席はよく吟味するべきです。

団体交渉に関する問題解決は、専門的知識・経験を有する弁護士にお任せください。

これまで見てきたとおり、団体交渉は、事前の準備や団体交渉に関する知識量でその成否が決定すると言っても過言ではありません。
他方で、労働組合は、一般的に団体交渉に関する知識や経験を有していることが多いため、弁護士もつけず、何らの準備もせずに団体交渉に応じることは非常に危険です。
そのため、団体交渉に関する問題解決には、労働問題、団体交渉問題に関する専門的知識や経験を有する弁護士が必須です。
弁護士法人ALGの神戸法律事務所では、これまで数多くの会社側労働問題、労務管理、団体交渉問題に携わってきましたので、団体交渉について申し込まれた会社の方は、ぜひ一度ご相談ください。

神戸法律事務所 所長 弁護士 小林 優介
監修:弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長
保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:51009)
兵庫県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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