労務

パワハラ事案における会社の法的責任

神戸法律事務所 所長 弁護士 小林 優介

監修弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長 弁護士

  • ハラスメント

近年、「●●ハラ」「●●ハラスメント」といった言葉がニュースなどになっており、特に上司からの指示や指導が「パワーハラスメント(パワハラ)」に当たるのではないかというパワハラの問題も多発しています。
特に、従業員からパワハラによる慰謝料等を請求されている事案も増えており、それに伴って、「労働審判」となっているケースも多いです。

この点、パワハラの「労働審判」においては、会社はどのような主張等を展開していくべきでしょうか。
本記事では、会社側の労働問題、労務管理、ハラスメント問題に精通した弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士が、以下解説していきますので、ぜひご参照ください。

目次

パワハラが発生したとき、会社はどのような責任を負うのか?

まず、パワハラとは、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」をいいます(労働施策推進法30条の2第1項)。

そのため、当の本人は、指導や指示であると考えていても、実はパワハラに該当することも十分ありえます。
パワハラが発生した場合、会社には、加害者となった上司などの従業員と連帯して損害賠償責任を負う場合があります。これは、いわゆる使用者責任(民法715条)と呼ばれるもので、自分が使用している者(加害者)が職務において他者に損害を与えた場合に賠償する責任を負うことに基づきます。
また、会社が労働者にとって働きやすい職場環境を保つようにする注意義務(職場環境配慮義務、安全配慮義務)に違反したとして、債務不履行に基づく損害賠償責任が発生するおそれがあります。
これらの法的な責任について、詳しくは後述しております。

パワー・ハラスメントが会社に与える影響

パワハラが起こった時に、会社に与える影響は看過できません。

まず、昨今「ハラスメント」に対する世間の認識が高まり、パワハラにより会社が責任追及された場合には、会社の評価やイメージが著しく低下することが考えられます。
また、パワハラは、怒号などによって周囲の従業員の労働意欲を低下させるなども考えられ、それに伴い、労働環境・就労環境を悪化させるため、業務効率を低下させることも考えられます。
さらに、上記したような、会社自体の責任を問われ、損害賠償義務など経済的なダメージを受けることも考えられます。

会社にはパワハラ防止策を講じる義務がある

上記のとおり、パワハラが起こった場合には、会社にとって様々なダメージが生じます。
その意味では、パワハラが発生してから事後的に対策しても、すでに被害者が生じており、退職者の発生等の悪影響を完全に防ぐことはできません。
そこで、会社においては、パワハラを未然防止することの方がより重要であり、事前対策を十分にしておくことが重要です。

特に、以下に述べるとおり、2020年6月1日に改正労働施策総合推進法が施行されるなどしており、会社としても、パワハラ防止策を講じる義務があることには注意しましょう。

労働施策総合推進法(パワハラ防止法)の成立

2020年6月1日に改正労働施策総合推進法が施行され、大企業のパワハラ防止措置が義務化されました。
中小企業についても、2022年4月1日から義務されています。

改正労働施策総合推進法は、パワハラが職場環境を悪化させる大きな要因となっていることから改正され、その改正内容も踏まえて「パワハラ防止法」と呼ばれることがあります。
パワハラ防止法は、主な措置として次のことを求めています。

①企業内の方針の明確化と周知・啓発
②相談に応じて、適切に対応するための窓口等の体制づくり
③パワハラが発生した場合の迅速・適切な対応
④相談者のプライバシー保護、不利益な取り扱いを禁止する旨の周知
これらの措置のために、従業員や管理職への研修の実施や就業規則の整備、相談窓口の設置、ストレスチェックの実施などの対応が必要となりますので、会社としては留意が必要です。

パワハラ事案における会社の法的責任

パワハラ事案における会社の法的責任としては、どのようなものがあるでしょうか。
パワハラが発生した場合、会社は、以下で説明するとおり、被害者である従業員に対して民事上の責任を負います。
なお、その他にも、行政から、パワハラの事案について報告を求められた場合には、それに応じなければなりません(労働施策推進法36条第1項、40条4号)。

使用者責任

会社が負う民事上の責任の一つとして、「使用者責任(民法715条1項)」が挙げられます。
「使用者責任」としては、当該パワハラを行った者の使用者として、その責任を負うことが考えられます。これは、本来当該パワハラを行った上司などの従業員(個人)が負うべき責任を、会社が雇用する使用者という立場である以上、その責任を代わりに負う(代位責任)というものです。

この場合、会社としては、使用者が当該パワハラを行った者の選任やその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生じていたときは、責任を負わないこととなりますが、その主張立証は困難であることには注意が必要です。

不法行為責任

次に、会社がパワハラの防止のために雇用管理上必要とされる措置を怠ったとして、会社自身の責任として「不法行為責任」(民法709条)を負うことがあります。
具体的には、会社が、パワハラの発生が予見しえたにもかかわらず、漫然と放置し、調査や適切な措置等を行っていなかった場合、パワハラが個人によるもののみにとどまらず会社全体のものと考えられる場合、使用者の経営上の裁量の範囲を著しく逸脱した場合等は、会社自身が被害者に対し、不法行為責任を負う、というものです。

もっとも、上記「使用者責任」と異なり、被害者が会社に対して、会社固有の「不法行為責任」を追及した場合、会社は、「使用者責任」を負う以上に別途の評価を行うことができる独自の違法行為が認められない限りは、会社固有の「不法行為責任」が認められることは難しいと考えられています(大阪高裁平成25年10月9日裁判例参照)。

債務不履行責任

会社としては、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、その雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければなりません(労働施策総合推進法30条の2第1項)。
そのため、会社は、パワハラの被害を受けている者からの相談に応じ、事実確認や聞き取り調査を行う等し、労働者の就労環境が害されないような雇用管理上の措置を講じなければなりません。
もし、そのような適切な措置がなされていなかった場合には、職場環境調整配慮義務違反が認められるとして、被害者に対し「債務不履行責任」を負うことになると考えられます。

会社が責任を負う法的根拠とは?

会社がパワハラについて責任を負う法的根拠としては、上記したとおりであり、特に、「使用者責任」や「債務不履行責任」での責任が追及されているケースが多いかと思います。

パワハラ事案において会社の責任が問われた判例

ここでは、パワハラ事案において、会社の責任が問われた裁判例を取り上げたいと思います。
ぜひご参照ください。

事件の概要

事件の概要としては、即席飲料等の食品の製造・販売を主たる営業内容とし、従業員数2000名以上、本社のほか全国各地に工場、営業所などを有する大手株式会社であるY社において、上司が配転を拒否した女性社員Xに約1年間仕事をさせず、嫌がらせ(ことあるごとに、Xに対し、「会社のノートを使うな。」、「みんな仕事をしているんやからトイレ以外はうろうろするな。」、「今週はいったい何をするのや。」等と繰り返し嫌みを言うなどした)を続けたことが不法行為に当たるとして、当該女性社員XがY社に対し慰謝料等500万円を請求した事案です。

裁判所の判断

裁判所は、以下のとおり判断しました。
上司による、Xの配転まで1年近くにわたる本件嫌がらせなどは、Xに対する加害の意図をもってなされ、合理的な裁量の範囲を逸脱していることが明らかであるから、不法行為を構成するもの、と認定した上で、Xが被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、金60万円が相当であると判断しました。

ポイントと解説

本件裁判例のX側の主張としては、Xに対する配転命令の効力を争うことにもありましたが、上司が従業員Xに仕事を与えず、嫌がらせをしたことを明確に「不法行為」として慰謝料請求を認容したことは本件裁判例のポイントといえます。

パワハラで労働審判を申立てられたら

被害者である従業員から、会社がパワハラで「労働審判」を申し立てられた場合、会社側は、しっかり対応していく必要があります。パワハラについての反論としては、以下のようなものが考えられるので、こういった主張ができるかどうかを速やかに検討するようにしましょう。

・①当該行為が「業務上必要かつ相当な範囲内であったこと」
・➁職務に関連してなされたものではないこと
・➂会社として、パワハラ等が発生しないように職場環境の維持・調整を適切に行っていたこと
また、被害者である従業員は、精神疾患等を併せて主張してくることが多いため、その他、パワハラと被害者に生じた精神疾患等との間に因果関係が認められないといった主張や、被害者にも原因があったことを理由として過失相殺を主張するというようなケースもあります。
なお、「労働審判」については、以下の記事でも解説しておりますので、ぜひご参照ください。

労働審判について

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パワハラと会社の責任に関するQ&A

以下、パワハラと会社の責任に関してよくある質問を取り上げていきたいと思います。

職場のパワハラにあたる行為にはどのようなものがありますか?

職場のパワハラにあたる行為としては、以下のようなものが挙げられます。
・身体的な攻撃(例:殴る、机を蹴る等)
・精神的な攻撃(例:些細なミスを執拗に責める、人格を否定する等)
・人間関係からの切り離し(例:個室に隔離する、全員で無視する等)
・過大な要求(例:大量の書類を1日で処理するように命じる等)
・過小な要求(例:事務員に草むしりをさせる、管理職に掃除だけをさせる等)
・個の侵害(例:無断で私物を調べる、休日の行動を制限する等)

パワハラの損害賠償請求において、会社は加害者に求償権を行使することができますか?

会社がパワハラの被害者に対し、「使用者責任」として賠償金を支払った場合、当該パワハラの加害者に対し、求償を行うことができますが、その範囲は信義則上相当と認められる限度に制限されますので注意が必要です。

パワハラが発生したとき、会社はまずどのような対応を取るべきでしょうか?

パワハラが発生してしまった場合、特に初動が重要といえます。
会社側が最初に対応を誤ってしまうと、トラブルが大きくなるリスクが高いです。
会社としては、まずは、パワハラについての事実確認を進めるようにしましょう。

具体的には、以下のとおりです。
①パワハラについて相談を受けた相談窓口の担当者は、まず、パワハラが実際に行われたのかどうか、迅速かつ正確に事実を確認するよう心がけます。
②被害者からの聴取も行うようにしますが、被害者からパワハラについての話を聞き出すときには、被害者の精神状態を確認するなど、最優先でケアをするようにしましょう。
また、被害者が報復を恐れて、調査を拒絶する場合があります。しかし、問題の先送りや深刻化につながるため、相談者の不安を取り除くように努めながら説得することが重要となります。
③加害者からの聴取も行いますが、加害者からパワハラについての話を聞き出すときには、加害者がパワハラをしたに違いないと決め付けず、事実を聞き出すようにしましょう。

会社の飲み会でパワハラがあった場合にも、使用者責任は問われますか?

会社の飲み会でパワハラがあった場合にも、使用者責任が問われる可能性があります。
具体的には、「職場」で行われたものと同視できるかどうかが問題となり、勤務時間外の飲み会などであっても、実質上、職務の延長と考えられるものは職場に該当するが、その判断に当たっては、職務との関連性、参加者、参加が強制的か任意か等を考慮して個別に行われます。
例えば、「重要な取引先との会合だから参加するように」と上司から指示されたようなケースでは、職務との関連性も強く、参加も強制されていたと評価されるため、「職場」に該当する可能性が高いものと思われます。

パワハラ事案で使用者責任が免責されるケースはありますか?

パワハラ事案で「使用者責任」が免責されるケースはそう多くはありません。
「使用者責任」を問われた際に、使用者が当該パワハラを行った者の選任やその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生じていたときは、責任を負わないこととなりますが、その主張立証は困難であることには注意が必要です。

不法行為責任はいつまで追及されるのでしょうか?時効はありますか?

「不法行為責任」であるため、消滅時効の適用はあります。
具体的には、当該パワハラがなされてから、「5年間」は責任追及される余地があります。
ただし、消滅時効は、期間の経過だけで自動的に権利が消滅するというものではなく、請求を受ける立場の会社側で、時効により権利が消滅したことを主張する(時効を援用する、といいます。)ことにより、確定的に権利が消滅することになりますので注意が必要です。

パワハラ加害者に何らかの処分を下していない場合、会社は法的責任を問われるのでしょうか?

パワハラ加害者に何らかの処分を下していないこと自体で、法的な責任を問われる可能性もあります。
具体的には、通常、会社として、パワハラが行われた事実を確認した場合には、加害者に処分を下しますことが多く、その際には、就業規則等に基づいた懲戒処分などを行うことに加えて、被害者に更なる被害を生じさせないために配置転換などの措置を行うことが求められます。ただし、再発防止の措置を行うときには、被害者の意向を確認すべきでしょう。
ただし、パワハラの内容と処分の重さは、適切なバランスでなければなりません。パワハラの被害が深刻でないにもかかわらず、懲戒解雇などの処分を下すと過剰な処分になってしまい、裁判などで無効とされるおそれがありますので注意が必要です。

パワハラと適正な指導との線引きについて教えて下さい。

パワハラと適正な指導との線引きですが、パワハラと適正な指導との違いは、主に、その言動の必要性と相当性によって判断することができるでしょう。
上記したパワハラの定義のとおり、客観的に「業務上必要かつ相当な範囲」で行われていると判断できる適正な指導は、職場におけるパワハラとはみなされません。
もっとも、パワハラには様々な態様のものがあるので、個別の事例ごとに、事情を総合的に考慮して判断する必要があります。

パワハラで損害賠償を請求された場合、社外に公表されるのでしょうか?

パワハラで損害賠償請求をされた場合、直ちに社外に公表されるとは限りません。
しかし、SNSなどが発達している昨今では、パワハラの事実が起こり、会社として適切な対応を怠った場合などについては、事実上公表されることもありえるでしょう。
また、会社は行政よりパワハラの事案について報告を求められた場合には、それに応じなければなりません(労働施策推進法36条第1項、40条4号)。

パワハラ被害者が派遣労働者の場合、会社は使用者責任を負うのでしょうか?

派遣労働者に関しては、派遣元事業主と派遣先事業主の双方が、パワハラ防止措置を講じる義務を負いますので、会社として、「使用者責任」を負うおそれはあります。

パワハラ問題では会社への責任が問われます。お悩みなら一度弁護士にご相談下さい。

以上見てきたとおり、会社内でパワハラ問題が起こった場合には、初動を誤ったり、対応を間違えると、法的な紛争に発展してしまいます。
上記で開設した、パワハラ防止法により、会社にはパワハラに対する措置義務が課されましたので、例えば、相談窓口対応を怠ったことや事後の適切な対応を怠ったことなどを捉えて安全配慮義務違反の責任を負うことも、十分に考えられるところであり、罰則がないからと言って、会社にとって、パワハラ防止措置を放置することは出来ません。
もっとも、令和2年6月から施行されたばかりで、実際にどのような形で対応を進めていけばいいのか、わからないことも数多くあると思います。
この点、弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士は、これまで数多くの会社側の労働問題、労務管理、ハラスメント問題を解決してきた実績があります。

相談窓口の整備や、社内のパワハラ研修、事後の対応に関することでお悩みの場合は、ぜひ一度弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士へご相談ください。

神戸法律事務所 所長 弁護士 小林 優介
監修:弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長
保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:51009)
兵庫県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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