監修弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長 弁護士
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労働基準法(以下、「労基法」といいます。)第5条では、使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。と規定されています。
会社としても、暴行や脅迫などの不当な手段で従業員を強制的に労働させることはできない、ということは理解できると思います。
しかし、例えば、会社にとって非常に困るタイミングで従業員が退職しようとした際に強く退職を引き留めて引き続き労働させるなどの場面もあるかもしれず、このような場合には、「強制労働の禁止」に違反するのか、などご心配になる会社もあるかと思います。
そこで、本記事では、会社側の労働問題、労務管理に精通した弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士が、「強制労働の禁止」は何か、どの点がポイントなのかなどを以下詳しく解説したいと思います。
目次
労働基準法第5条で定められる「強制労働の禁止」とは?
上記のとおり、労基法5条で「強制労働の禁止」を定めています。
端的に言えば、従業員を身体的または精神的に拘束したり、意思に反して強制的に労働をさせてはならないというものです。
以下、詳しく内容を見ていきましょう。
労働基準法第5条が設けられた背景
かかる労基法5条の「強制労働の禁止」が設けられた背景としては、戦前の労働者の労働環境や日本国憲法を受けて制定されたものです。
具体的には、戦前の日本では、労働者は過酷な肉体労働を強いられており、特に、炭鉱では、労働者を長期間身体的に拘束し、劣悪な環境で働かせるのが当たり前になっていたようで、労働者を収容する宿舎は監視までされており、一度入ると出られないことからタコ壺になぞらえてタコ部屋と呼ばれるほどだったようです。
このような強制労働の風習を排除するために、憲法18条では、「奴隷的拘束及び意に反する苦役の禁止」が定められ、奴隷的な拘束や意に反する苦役が禁止されたところ、労基法でも、労働者の意思に反する労働を禁止することになりました。
「精神又は身体の自由を不当に拘束する」とは
労基法5条の「精神又は身体の自由を不当に拘束する」とはどういう意味なのでしょうか。
これについて、行政通達での例としては、「長期労働契約、労働契約不履行に関する賠償予定契約、前借金相殺、強制貯金」などが挙げられています。
例えば、以下のようなものです。
- 長時間労働を課す労働契約(長期労働契約)
- 「退職時に違約金として●万円支払うこと」と決めている契約(労働契約不履行に関する賠償予定契約)
- 働くことを条件に労働者にお金を貸しつける契約、労働者の給料から借金を天引きする契約(前借金相殺)
- 雇入れの条件として、又は雇入れ後の雇用継続の条件として、労働者に社内預金をさせたり、会社の指定する金融機関(銀行、郵便局、保険会社等)などに預金させる(強制貯蓄)
「労働者の意思に反して労働を強制」とは
次に、労基法5条の「労働者の意思に反して労働を強制」とはどういう意味なのでしょうか。
これについては文字通りですが、労働者にその意思がないにもかかわらず長時間労働を強制することは、労基法第5条に違反します。
また、労働者が実際に強いられて労働をしたかどうかは関係なく、会社側で労働者に労働を強制した時点で労基法違反となる点は注意するようにしましょう。
労働基準法第5条に違反した場合の罰則は?
上記のような労基法5条に違反した場合ですが、かなり重い罰則が定められています。
具体的には、労基法117条で定められているのですが、「1年以上10年以下の懲役」または「20万円以上300万円以下の罰金」です。
労基法では、労基法違反に対して様々な罰則が定められていますが、かかる労基法5条に違反した場合の罰則が最も重いことから、労基法5条の違反が重罪であるとみなされているといえるでしょう。
労働基準監督署の調査が行われることも
労働基準監督署は、労基法を始めとした法令に会社が違反していないかを調査等することができますし、犯罪捜査・逮捕・送検の権限も持っている機関です。
労働基準監督署へは、労働者が違反の実態を申告することも多く、匿名で申告されても、労働基準監督署が対応することがあります。
そして、労働基準監督署としては、調査の上で、労基法違反等があれば、会社に対して指導や改善の要求、会社の規模等によっては会社名の公表などもされることがありますので、バレなければ良いと思わないようにしましょう。
労働基準法第5条を遵守するためのポイント
それでは、上記のように重い刑罰が予定されている労基法5条を遵守する、違反しないためにどのような点に気を付ければよいでしょうか。
まず、労基法5条は会社全体として強制労働が起きないようにするよう求められるため、会社として、従業員に強制労働をさせない、というだけではなく、当該従業員の上司や同僚なども含めて全ての社員に強制労働させないように周知徹底することが重要です。
また、暴行や脅迫、監禁などの不当な手段によって被害を受けた従業員が被害申告しやすいような環境、窓口を作ることも重要といえます。
こういった環境や窓口があることによって、被害を与えればすぐに知られる、ということになるので、加害者側も加害行為をしにくくなるためです。
労働基準法第5条の強制労働が争点となった裁判例
それでは、労基法5条の強制労働が争点となった裁判例を見ていきましょう。
従業員の自由意思に反して労働を強制する不当な拘束手段があるとされて、労基法5条、16条に反し、同法13条、民法90条により会社との契約が無効であるとされた、東京地裁平成26年8月14日判決です。
事件の概要
X社は、有価証券の売買、金融先物取引等を業として行う外国法人であり、従業員Yは、X社にブローカーとして雇用されていた者です。
X社は、Yとの間で、雇用契約を締結する際に、Yとの間で貸金契約のような契約を締結し、それに基づいてYに対して、合計1129万7017円を振り込んだのですが、かかる貸金契約のような契約においては、雇用期間満了前にYがX社を退職した場合には、直ちに支給した金銭の返還義務が発生する旨が定められていました。
Yがその後退職したところ、X社は、Yとの間の契約は、金銭消費貸借契約であると主張して、Yに対し、交付した合計1129万7017円の返金を求めた事案です。
裁判所の判断
裁判所は、X社とYとの貸金契約のような契約について、契約書には貸金であることが明記され、Yは、同契約書の内容についてX社の依頼を受けた弁護士から、各条項ごとに説明を受けた上、同契約書に署名していることから、Yは、契約に基づいてX社から交付される金員が貸金であること等を認識していたといわざるを得ないとして、X社とYとの間に金銭消費貸借契約が成立していたと認めました。
しかし、労基法5条及び16条については、暴行、脅迫、監禁といった物理的手段によるものだけでなく、労働者に労務提供に先立って経済的給付を与え、一定期間労働しない場合には上記給付を返還するという契約を締結することにより、労働者を一定期間労働関係の下に拘束するといういわゆる経済的足止め策も、当該経済的給付の性質、態様、当該給付の返還を求める約定の性質に照らし、それが労働者の自由意思に反して労働を強制するような不当な拘束手段であるといえるときは、労基法5条などに反し、無効であると一般論を打ち出しました。
その上で、X社がYに交付した金銭は、雇用期間満了前に退職する場合には返還義務を課すことによってYを一定期間Xとの労働関係の下に拘束することを意図する経済的足止め策であり、また基本的に労働者であるYの債務不履行を前提としたものであって、債務不履行による違約金又は損害賠償の予定に相当する性質を有していることも認められるから、XとY社の契約はYの自由意思に反して労働を強制する不当な拘束手段であり、労基法5条などに反し、無効であると判示しました。
ポイント・解説
かねてから、会社からの前借金、通学・訓練費用や留学費用など会社側が従業員に貸与ないし支給したものを、従業員が一定期間以上勤務しなかった場合に返還するように求めることが、強制労働を禁止する労基法5条、違約金及び損害賠償額の予定を禁止する同法16条に違反するか否かが争われてきました。
実際に、労基法5条、同法16条などに違反して無効としている裁判例などもあり、退職したい労働者を不当に引き止めたり資格取得にかかった費用の返還を求めたりすることは、強制労働にあたるとして、労基法5条の違反を指摘される可能性があるため注意が必要です。
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昨今では、奴隷的拘束などをして肉体労働を強いるケースはほとんどなくなったかと思いますが、退職したい従業員を不当に引き止めたり、資格取得にかかった費用の返還を求めたり、入社に当たってお金を支給して退職時に返金を求めることなどは、強制労働にあたる可能性があるため注意が必要です。
もっとも、これまで見てきたとおり、労基法5条の違反についてあまり意識してこなかった会社も少なくないのではないかと思います。
そのため、ある日労働者から突然労働基準監督署へ申告がなされて、労基法5条の違反を指摘されて、罰則を受けてしまうなどといった可能性もゼロではありません。
その意味では、いかに日頃から、労基法に違反していないか、どのような制度設計を組んでいくべきかなどからチェックしていくべきですが、そういった点も注意点等が分からずに十分な制度を定めることができない会社も多いかと思います。
こういった場合には、会社側の労働問題、労務管理、人事問題に精通した弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士にぜひご相談ください。神戸法律事務所の弁護士は、これまで多数の会社の依頼を受けて様々な案件に携わってくるなど多数の経験とノウハウがありますので、ぜひ一度ご相談ください。
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