労務

健康情報(要配慮個人情報)の保護

神戸法律事務所 所長 弁護士 小林 優介

監修弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長 弁護士

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過度な残業や長時間労働によるうつ病や自殺などが大きな社会問題となっている昨今、従業員の健康管理の問題が大きなものとなっていることは言うまでもありません。
それを受けてか2019年4月1日、労働者の心身の状態に関する情報(以下、「健康情報」といいます。)に関して、改正労働安全衛生法が施行されました。このように、「働き方改革」の下、会社としては、従業員に対して、健康診断の受診を促進し、従業員の健康管理にも注視しなければならなくなっており、従業員の健康管理はもはや会社の重要な義務の一つとなっています。
会社は、健康診断の結果や、従業員の健康確保措置の活動等を通じて、従業員の心身の状態に関する情報を保有することになりますが、他方で、病状や健康状態など個人の心身の状態に関する情報は非常にセンシティブであり、会社側がどのように取り扱っていくかは、従業員にとっても、大きな関心事項になってきているでしょう。
そこで、労働問題、従業員の管理等に精通した弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士が、企業が従業員の健康情報を取り扱うにあたって注意すべき点などについて解説します。

目次

企業における健康情報(要配慮個人情報)の取り扱い

企業は、安全配慮義務や職場環境配慮義務の一環として、従業員の健康を保持することを求められています。そのため、企業が従業員の健康を管理するにあたり、従業員の健康情報を適切に取り扱う必要が出てきています。
そこで、以下、企業における健康情報の取扱いに当たっての注意点等を見ていきましょう。

個人情報保護法改正による要配慮個人情報の新設

健康情報は、いわば個人情報ですが、こういった個人情報の取り扱いについては、個人情報保護法が設けられています。
2017年に個人情報保護法が改正され、個人情報の中でも、「要配慮個人情報」という定義が設けられ、特別な取扱いをするよう求められています。

要配慮個人情報とは

では、個人情報保護法によって定義が設けられた「要配慮個人情報」とはどういうものを指すのでしょうか。
「要配慮個人情報」とは、本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものが含まれた個人情報です。
心身の状態に関するものとしては、身体障害、知的障害、精神障害等の心身の機能の障害、健康診断その他の検査の結果、本人に対して医師等により行われた心身の状態の改善のための指導、診療、調剤などが挙げられています(個人情報保護法2条3項、個人情報保護法施行令2条)。

健康情報の定義とその取扱いについて

上記のとおり、労働安全法等に基づき実施する健康診断の結果や、従業員の健康確保措置のための活動を通じて得られる従業員の心身の状態に関する情報、いわゆる「健康情報」は、基本的には「要配慮個人情報」に該当するでしょう。
そのため、このような「健康情報」については、「要配慮個人情報」として慎重な取り扱いがなされる必要があります。

企業は従業員の健康情報を保護する義務がある

会社が取得した「健康情報」は、従業員の健康を確保するために活用することができますが、例えば、健康状態が不良で十分働けないことを把握した会社が、本人の意思に反して、人事上不利益な取り扱いをするということもできてしまいそうです。
そこで、労働安全衛生法104条1項は、企業が従業員の健康情報を収集・保管・使用するに当たっては、従業員の健康の確保に必要な範囲内で収集し、当該収集の目的の範囲内で保管・使用しなければならないと規定しています。また、同条2項は、企業は、従業員の健康情報を適正に管理するために必要な措置を講じなければならないと規定しています。
このように、会社は、従業員の健康情報についてきちんと保護するように求められています。

健康情報取扱規程策定の義務化

上記のとおり、労働安全衛生法104条2項で、企業は、従業員の健康情報を適正に管理するために必要な措置を講じなければならないと規定しています。
つまり、健康情報の取扱規程の策定が義務化されており、以下、詳しく見ていきましょう。

取扱規程の策定方法

健康情報取扱規程を定めるにあたっては、労使の協議が欠かせません。
例えば、常時使用する労働者が50人以上の事業場においては、原案を作成の上、事業場ごとに設置が義務付けられている衛生委員会又は安全衛生委員会(以下、「衛生委員会等」といいます。)において審議することが求められます。
また、常時使用する労働者が50人未満の事業場においては、衛生委員会等の設置義務はありませんが、安全衛生の委員会、労働者の常会、職場懇談会等の関係労働者の意見を聴くための機会を設け、取扱規程について労働者の意見を聴取した上で、策定することがすることが求められます。
このように、健康情報取扱規程を労使の協議を経て策定する必要があります。

取扱規程に定めるべき内容

健康情報取扱規程に定めるべき内容とは、基本的には、以下の①~⑨を定める必要があります。

①健康情報を取り扱う目的、取扱方法
②健康情報を取り扱う者とその権限、取り扱う情報の範囲
③目的、取扱方法などの通知方法と本人同意の取得方法
④健康情報の適正管理の方法
⑤健康情報の開示、訂正、使用停止等の方法
⑥健康情報の第三者提供の方法
⑦事業承継、組織変更に伴う健康情報の引継ぎに関する事項
⑧健康情報の取扱いに関する苦情の処理
⑨健康情報取扱規程の労働者への周知の方法

本人の同意取得に関する注意点

基本的には、健康情報については、従業員本人の同意の上で取得するようにしましょう。
まず、要配慮個人情報は、あらかじめ本人の同意を得ずに取得することはできません(個人情報保護法17条2項)。
たとえ、労働安全衛生法令において本人の同意なく収集できる健康情報であったとしても、その情報を取り扱う目的、取扱方法等について、労働者に周知した上で、労働者の十分な理解を得ることが望ましいでしょう。

健康情報を取り扱う者に対する教育の必要性

上記のように、策定した健康情報取扱規程が適切に運用されるためには健康情報を取り扱う者等の関係者に対する教育が必要であることは言うまでもありません。
企業は、健康情報を取り扱う従業員に対して、情報の取扱方法や権限の範囲など、取扱規程に定めた内容について周知させなければなりません。そこで、例えば、健康情報取扱規程の策定、改定時において健康情報を取り扱う者に対して研修を実施するなどの対応を取る必要がありますが、健康情報を取り扱う者以外もその重要性や必要性を周知することは重要ですので、管理職を対象とする研修において、健康情報の取り扱いに関する講義を行うことなども必要となるでしょう。

健康情報の取り扱いに関する判例

従業員の「健康情報」はセンシティブなものであり、その取扱いについては、個人情報保護法や労働安全衛生法が改正される前であってもかなり慎重に取り扱うように裁判所も判断していました。
その一例の裁判例(福岡高判平成27年1月29日判決)を以下で解説していきますのでご参照ください。

事件の概要

Y病院で勤務する看護師のXは、Z病院にて血液検査を受けた結果、HIV陽性と診断されてしまったのですが、Z病院の医師から情報取得したY病院の医師がXの同意なく、Y病院の他の職員に伝達して情報を共有しました。
Xは、Y病院に対して、個人情報保護法23条違反(第三者提供の禁止)、同16条違反(目的外利用の禁止)であり、かつ、Ⅹのプライバシー権の侵害であるとして訴訟を提起しました。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

裁判所は、患者個人の医療情報は、医師法に守秘義務が課されている(刑法134条1項参照)ことから明らかなとおり、重要な秘密とされる個人情報であるとして、また、HIV感染者に対する偏見・差別があることを踏まえ、HIV感染症に罹患しているという情報は、他人に知られたくない個人情報であるから、本件情報を本人の同意を得ないまま法に違反し取り扱った場合には、特段の事情のない限り、プライバシー権の侵害の不法行為が成立する、と判断しました。

ポイントと解説

疾病に関する情報は、「健康情報」の中でも、社会的差別を招くおそれのある、特に慎重な対応が必要なセンシティブ情報(機微情報)です
そのため、本判決がⅩのプライバシー権の侵害を認め、不法行為責任を認めたことは妥当だと思います。

健康情報に関するQ&A

以下、「健康情報」に関して、良くある質問を取り上げたいと思います。

採用面接時に、うつ病などの既往症の有無を聞くことは違法ですか?

健康に関する情報を会社に提供することは、労働者にとって身体的・精神的に負担となりうるものです。ただし、大前提として、会社側にとって既往症の有無を聞く「必要性」が認められなければ、違法となる可能性があります。
そのため、健康な人材に働いてもらいたいという観点から、採用選考時に健康状態の確認のため病歴の申告を求めることは法的にも可能です。ただし、その会社で働く適性と能力を判断する上で「必要性」のない病気を把握しようとすることは違法になるおそれがあり、その点は十分気をつけるべきです。

健康情報の取扱規程は、事業場ごとに策定しなければならないのでしょうか?

上記4でも触れた、健康情報の取扱規程は、健康情報等に関する運用の実情を踏まえ、事業場単位ではなく、企業単位とすることもできます。

ストレスチェックを実施する外部機関に、労働者の個人情報を提供することは認められますか?

「要配慮個人情報」に該当する場合は、取得についても第三者提供についても、あらかじめ本人の同意が必要とされています。
ただし、「法令に基づく場合」や「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」などの例外的な場合には、本人の同意は不要とされていますが、基本的には従業員の同意を得て行うようにしましょう。

健康情報の個人データは、何年間保存しなければならないのでしょうか?

例えば、健康診断結果の保存は、健診データを使用することで効果的かつ効率的な健康診断、保健指導を実施することが可能となるという理由から会社が保管するように定められています。
定期健康診断の場合、結果の保存期間は実施後5年間です。
特殊健康診断の保存期間も5年間が多いですが、じん肺健康診(7年)など一部異なるため注意が必要です。

健康情報の取扱規程は、就業規則に必ず記載しなければならないのでしょうか?

健康情報取扱規程は、就業規則において定めておくことが望ましいとされていますが、就業規則に定める義務はありません。

「要配慮個人情報」と「機微な個人情報」は何が違うのでしょうか?

特定の「機微な個人情報」とは、一般的に、人にあまり知られたくない内容で、特に取扱いに配慮が必要な情報のことで、センシティブ情報とも言われます。 例えば、①思想、信条又は宗教に関する事項、②人種、民族、門地、本籍地(所在都道府県に関する情報を除く。)、身体・精神障害、犯罪歴その他社会的差別の原因となる事項、③勤労者の団結権、団体交渉その他団体行動の行為に関する事項、④集団示威行為への参加、請願権の行使その他の政治的権利の行使に関する事項、⑤保健医療又は性生活に関する事項となります。 そのため、「要配慮個人情報」と「機微な個人情報」は重なる部分があり、また、取り扱いについても同じくするよう求められています。

健康診断を実施した機関から、従業員の健診結果を入手することは違法ですか?

会社が年に一回、従業員に健康診断を受けさせるのは労働安全衛生法という法律で決まっています。そしてこの労働安全衛生法では、会社への「健康診断の実施の義務」と「健康診断の結果を従業員に伝える義務」が記されています。
このように、法定の健康診断項目については、会社が結果を入手することになりますが、法定外の項目(オプション健診等)の取扱いについては、個人情報の原則に立ち戻り、従業員本人の同意を得なければその検査結果等を会社が入手することはできません。

休職から復職するために行った面談結果も健康情報に該当しますか?

休職から復職するために行った面談結果も、「健康情報」に該当します。
その他にも、治療と仕事の両立支援等のための医師の意見書、通院状況等疾病管理のための情報、産業保健業務従事者が労働者の健康管理等を通じて得た情報なども「健康情報」に該当します。

ストレスチェックの結果を産業医に開示する場合、従業員本人の同意は必要ですか?

ストレスチェックの結果についても、「健康情報」に含まれるため、基本的には従業員の同意を得て産業医に開示すべきでしょう。
ただし、厚労省は、次のようなときは、労働者の同意がなくてもその健康情報を関係者に報告することができると示しています。
①従業員の同意を得ることが困難であり、開示することが労働者に明らかに有益である場合
⇒例えば、従業員が自傷行為に及ぶ可能性が高い場合など
②開示しないと公共の利益を著しく損なうことが明らかな場合など
⇒例えば、健康診断の結果、伝染病の罹患等が発覚し、ただちに対応しなければ他の労働者に健康被害が生じる危険がある場合など

健康情報の個人データは、紙媒体と電子媒体どちらで保管すべきでしょうか?

「健康情報」については、紙媒体と電子媒体どちらで保管しなければならないという風に決まっているわけではありません。
ただし、厚労省では、健診診断結果・健診データを電子化して保管することを推奨しています。

健康診断の受診・未受診の情報も要配慮個人情報に含まれるのでしょうか?

健康診断の受診・未受診の情報も、「要配慮個人情報」に含まれることになります。

健康情報(要配慮個人情報)の適正な取り扱いについて、専門知識を有する弁護士がアドバイスさせて頂きます。

これまで見てきたとおり、法は会社に対して、①労働者の健康確保に必要な範囲内での「健康情報」の取得・利用、②取扱規程の策定を義務づけています。これは、従業員の健康を保持増進するためには、そもそもその「健康情報」の保護を図らなければならないという背景があるものと思います。
従業員の健康を管理するためには、まず会社が「健康情報」を取得し、必要に応じて従業員の同意を得て産業医等に提供するなど利用していくことになります。この取扱いについて従業員が不安・不信を抱けば自己の「健康情報」を会社に提出すること、第三者に提供することを拒むこととなり、これでは施策の実効性が低下してしまい、かえって従業員の健康を損なうおそれもあります。
「健康情報」の取扱規程を策定しなければならない対象は、全ての会社です。これに違反した場合、労働基準監督署による行政指導の対象となりますし、悪質な違反があった場合は、罰則が課されるおそれもあるので、対策ができていない会社は早急に手を打つ必要があるでしょう。
働き方改革の元、従業員の健康・安全の管理については、会社の安定的な発展のためにも重要と言えます。
「健康情報」の適正な取り扱いについて、お悩みの方は、労務管理、労働問題に精通した弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士に一度ご相談ください。

神戸法律事務所 所長 弁護士 小林 優介
監修:弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長
保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:51009)
兵庫県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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