監修弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長 弁護士
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会社は、従業員に対して、「指揮命令権」を有しており、残業をするよう命じたり、別の勤務地で働くよう命じたりなどと様々な命令を出すことが可能です。一般的に、業務を遂行するために出す指示や命令のことを【業務命令】と呼びます。
会社は、従業員との間に成立した雇用契約に基づいて、指揮命令権を有して、従業員に対して【業務命令】を出すことができるのですが、いくら雇用契約に基づく命令といえども、どのような命令でも出せるものではなく、限界があります。
【業務命令】がその限界を超え、違法となった場合、会社としては思わぬリスクを抱えることとなります。
そこで、本記事では、労務問題、会社側労働問題に精通した弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士が、【業務命令】が無効になるケースや【業務命令】が権利の濫用に該当する場合などを説明し、【業務命令】を出す場合の注意点等について、解説していきます。
目次
業務命令が無効になるケースとは?
【業務命令】が無効になる場合として、法令・社内規則に違反する場合や権利の濫用となる場合が挙げられます。以下では、それぞれについて、詳しく説明していきます。
なお、会社にそもそも【業務命令】を出す権利や権限がないにもかかわらず、会社が出した【業務命令】は、当然ながら、無効となります。
法令や社内規則に違反するケース
上記したように、【業務命令】は、あくまで従業員との間に存在する労働契約に基づくものです。そのため、労働契約の合意内容の枠内に収まらなかったり、業務遂行に全く関係のなかったりする事項について、命令を出すことはできません。
例えば、就業規則(周知された就業規則は労働契約の内容になります)や労働契約に反する【業務命令】を出すことはできません。
また、当然ながら、犯罪行為等を命じるといった、法律に反する内容の【業務命令】も出すことはできません。
権利の濫用に該当するケース
会社に【業務命令】を出せる権利や権限があるとしても、従業員に著しい不利益を課す命令であったり、嫌がらせ目的等の不当な目的の【業務命令】は、会社側が有する裁量を逸脱していることから、権利の濫用として、違法無効と判断されるケースがあります。
そもそも「業務命令」とは?
上記でも触れましたが、従業員は、会社に対して、労働契約の合意内容の枠内で、労働の内容・遂行方法・場所などに関して会社側の指揮に従った労働を誠実に遂行する義務を負っています。
逆に言えば、会社側は、従業員に対して、「指揮命令権」を有しており、残業をするよう命じたり、別の勤務地で働くよう命じたりなどと様々な命令を出すことが可能であり、このような指示や命令のことを【業務命令】と呼びます。
業務命令権の範囲はどこまで認められる?
上記したとおり、【業務命令】は、労働契約から生じるものですから、労働契約に伴って従業員が担うべき業務の遂行全般について、従業員に対して必要な指示命令を出すことが認められます。
例えば、就業規則に規定がある合理的な事項であり、かつ、目的や内容が相当な命令である場合には、従業員は、その命令に従う義務を有すると考えられます。
業務命令が権利の濫用にあたるかどうかの判断基準
会社側が出した【業務命令】 が権利の濫用であったり、裁量を逸脱するか否かについて、どのような内容の業務命令かによって判断の厳格さも異なりますが、大別して、以下のような要素を考慮して判断されます。
①業務上の必要性
【業務命令】は、会社が業務遂行のために出すものですので、当然ながら業務と全く関係のない【業務命令】を出すことはできません。
しかし、例えば、配置転換について「当該転勤先への異動が余人をもっては容易に代えがたいといった行動の必要性に限定することは相当でなく」(最判昭和61年7月14日)と判断されるなどしており、会社の合理的運営・経営上の必要性があると認められれれば、①業務上の必要は認められるとされています。
なお、①業務上の必要性があるとしても、その必要性の程度や以下の③で説明する従業員への著しい不利益の内容等を考慮して、権利の濫用だと判断される場合もあります。
②不当な動機・目的
上記したとおり、【業務命令】は、業務遂行のために出すものです。そのため、会社の方針に反抗的な従業員への報復・嫌がらせ目的でだされた命令や退職に追い込むために出された命令などの②不当な動機・目的に基づく業務遂行は権利濫用だと判断されます。
しかし、動機や目的等については、【業務命令】の内容や必要性等を踏まえて外形的な事情に基づいて判断されることになります。例えば、これまでになかった極めて異例な人事異動が、会社の方針に強く反抗してきた元労働組合幹部に対してなされた場合等に不当な動機・目的をもってなされたものと認定された事案があります(東京地決平成4年6月23日)。
③従業員への著しい不利益
【業務命令】が業務遂行のためのものであったとしても、その命令を遂行する従業員に対して③著しい不利益を与えることはできません。
ここで言う不利益とは、多くの場合は私生活上の不利益を指し、介護が必要な同居の肉親を抱えている従業員の遠隔地への転勤などが挙げられます。
この点、私生活を捨てて会社のために必死に働くべきという価値観から脱却し、ワークライフバランスが強調される時代になっています。そのため、転勤命令や介護の問題、時間外労働や健康問題といった議論を踏まえ、【業務命令】が従業員に与える不利益について、より厳格な判断がされる時代になったと考えるべきでしょう。
業務命令権の濫用について争われた裁判例
就業規則に違反した(又は疑われた)従業員に出された教育訓練(業務命令)について、裁量を逸脱濫用して違法なものであるかどうかが争われた事件として,「JR東日本(本荘保線区)事件」(最判平成8年2月23日)を紹介いたします。
事件の概要
Y社の従業員であった原告Xは、Y社の施設係として働く現場労働者であり、また、Z労働組合にも属する組合員でした。
Xは、駅構内において、バックルにZ労働組合のマークの入っているベルトを身につけながら作業に従事していたところ、Y社の区長Aがこれを見つけ、就業規則違反を理由に本件ベルトの取り外しを命じたが、Xはこれに従いませんでした。
そこで、区長Aは、翌日にAの所まで出頭するようXに命じ、翌日、Xに対し、教育訓練と称し、午前8時30分すぎから午後4時すぎまで他の職員のいる事務室において、就業規則全文を書き写すこと等を指示しました。さらに、区長Aは、Xが手を休めたりしていると、早く書くよう怒鳴ったり、机を足で蹴ったりしました。加えて、区長Aは、昼の休憩時間終了後、便意を催したXがトイレに行くことを求めても、これに難色を示し、簡単に認めませんでした。
翌日も、区長Aは、Xに対して同様の教育訓練を命じたところ、Xは、まもなく腹痛を訴え、病院に行かせて欲しい旨述べたが、区長Aはなかなか許可を出しませんでした。しかし、Xが自分は胃潰瘍等の病歴があることを伝えると、区長Aはようやく病院へ行くことに許可を出しましたが、Xが近くの病院に行って受診ところ、医師より入院を宣告され、1週間の入院を要することとなりました。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
最高裁は、Y社の上告を棄却し、Xの主張を認めた原審が確定しましたが、原審においては、次のように判断され、区長Aの教育訓練を内容とする業務命令が裁量の逸脱・濫用に当たり、違法であることが判断されました。
①Xの本件ベルト着用は、客観的には、就業規則に違反しないか、一部の規定に抵触するとしてもその違反の程度は極めて軽微であること
②それにもかかわらず、区長Aによる教育訓練の主たる内容である就業規則の全文書き写しは、一般的に、それを命ぜられた者に肉体的、精神的苦痛を与えるものであること、しかも、その合理的教育的意義を認めることは困難であること
③さらに、経緯からすれば、就業規則の全文を書き写させる必要性を認めることは困難であること、区長Aの態度には、Xに対して心理的圧迫感、拘束感を与えるものがあり、合理的理由なくしてXの人格を傷つけ、また、その健康状態に対する配慮も怠ったこと、勤務時間中、事務室内で長時間に亘り行われたこと
これら①~③からして、区長Aの命じた教育訓練は、Xに就業規則を学習させるというより、むしろ、見せしめを兼ねた懲罰的目的からなされたものと推認せざるを得ず、その目的においても具体的態様においても不当なものであって、Xに理由なく肉体的、精神的苦痛を与えてその人格権を侵害するものであるから、教育訓練についてのY社の裁量を逸脱、濫用した違法なものといえる。
ポイント・解説
この裁判のポイントは、教育訓練を内容とする【業務命令】が、教育訓練の内容、命令が出された経緯、命令によって被る害悪等の様々な事情から、合理性のない懲罰的目的なものであり、従業員の人格権を侵害するものとして、裁量の逸脱、濫用をしたものとして違法とした点にあります。
特に、今回の判断では、仮に従業員に就業規則違反があるとしても、命令された教育内容に教育的意義(価値)を認めることはできないとして、教育訓練の【業務命令】と業務との必要性や関連性がないと否定された点は大きな事情だと思われます。
業務命令違反があった場合の懲戒処分について
会社は、業務を遂行するために労働者に対して業務命令をだしますので、労働者がその業務命令に違反すると、業務遂行に支障を来し、社内秩序の維持ができなくなるなどの大きな問題が生じます。そのため、会社は、労働者に業務命令を確実に遂行させるために、業務命令に違反した労働者に対して懲戒処分を出すことができます。
懲戒処分をするには業務命令が有効であることが前提
会社がそもそも懲戒処分をするためには、次の要件を必ずみたす必要があります。
①就業規則に懲戒規定を明記・周知させること
②就業規則上の懲戒事由に該当すること
③懲戒処分の内容が相当であること
④懲戒処分に関する適正手続きが行われること
そして、従業員が【業務命令】に違反した場合に懲戒処分を行うとき、その前提として、そもそも【業務命令】が有効であることが必要となります。当然ながら、【業務命令】が違法とされ無効となる場合、従業員に無効な【業務命令】に従う義務はないため、従業員に②懲戒に該当する事由はなく、懲戒処分を成し得ないためです。
そのため、【業務命令】の違反を前提とした懲戒処分については、前提となった【業務命令】が無効だと判断された場合、その懲戒処分は必要な要件を欠くため無効だと判断されるので注意しましょう。
業務命令の違法性が疑われた場合の企業リスク
これまで見てきたとおり、【業務命令】が不当な動機・目的でなされたり、従業員に過度な不利益をもたらすなどして違法性が疑われた場合、その【業務命令】に違反することを前提とした懲戒処分が無効となる可能性があります。懲戒処分が無効となった場合、懲戒処分の内容にもよりますが、例えば、懲戒解雇の場合だと、解雇無効となるため、バックペイ(会社が支払う労働者が復帰するまでの賃金)を支払う必要があり、会社側としては、予想外に多額の支出を迫られることとなります。
そのため、そもそも【業務命令】を出す段階から、当該【業務命令】が有効であるかという観点からの判断が非常に重要となることは言うまでもありません。
業務命令についてお悩みなら、労務問題に詳しい弁護士にご相談下さい。
これまで、会社側が出す【業務命令】の注意点を述べてきましたが、【業務命令】は、後から違法だ、無効だと疑われた場合、その【業務命令】を前提としていた懲戒処分等の有効性が疑われることとなり、会社側にとって予想外のリスクを生じさせます。
そして、その違法かどうかという点は、後から裁判所で判断される法的な評価なので、【業務命令】や懲戒処分を出した後から、違法だ、無効だと判断されるのが基本ですが、そもそも、【業務命令】や懲戒処分を出す場合には、企業内だけでの検討だけではなく、労務問題、会社側労働問題に詳しい弁護士に相談するなどして、できる限りのリスクを減らすべきです。
この点、弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士は、これまで多くの企業から相談を受け、人事・労務問題を解決に導いてきた実績やノウハウ等を有しております。
【業務命令】の有効・無効、問題社員対応等でお困りの会社は、労働問題に詳しい弁護士が揃う弊所にぜひ一度ご相談ください。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)
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