監修弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長 弁護士
- 給与
労働基準法によれば、賃金は現金払いが原則です。
しかし、近年のキャッシュレス決済の普及や送金手段の多様化といった社会的ニーズの観点から2023年4月から、賃金のデジタル払いが可能になりました。つまり、従業員は「○○ペイ」などを運営する資金移動業者が提供するスマートフォンのアプリでデジタルマネーとして給与を受け取り、即座にスマホ決済ができるようになるということです。政府としては、キャッシュレス決済の推進および、フィンテックを活用した金融サービス提供の拡大、国際競争力の強化なども狙いに入れているものと考えられます。
しかし、問題点や注意点なども多数散見されるところです。
本記事では、労働問題、会社側の労務管理に精通した弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士が、賃金のデジタル払いについて、会社に求められる対応や注意点等を記載いたします。
目次
2023年4月より解禁される「賃金のデジタル払い」とは?
賃金のデジタル払いとは、賃金の支払方法の支払方法として、労働者が指定する資金移動業者(例えば、楽天Pay、PayPay、LINEPay、auPayなどのような業者)の口座への支払(デジタル払い)を認める制度のことをいいます。
政府が賃金のデジタル払いを推し進める背景
政府が賃金のデジタル払いを推し進める背景事情として、①日本のキャッシュレス決済普及や②送金方法の多様化による消費者等の利便性拡大といった事情があります。
これらの事情について、キャッシュレス決済の普及によって消費者の支払に関する利便性は拡大し、店舗も現金管理等の手間が削減し、さらにはインバウンド需要による売り上げ拡大も期待されています。
しかし、主要各国ではキャッシュレス決済比率は40%から60%台であるものの、日本のキャッシュレス決済比率は20%に留まっています。
そのため、日本政府としては、キャッシュレス決済の普及のために、賃金のデジタル払いを推し進めようとしているものといえます。
賃金のデジタル払いの仕組み
賃金のデジタル払いの仕組みは次のとおりシンプルです。
①会社は、賃金のデジタル払いを希望する労働者の賃金計算を行う。
②賃金が確定すると、会社は、労働者が希望する資金移動業者に対して、賃金相当額を支払う。
③労働者は、資金移動業者が提供するサービル(例:PayPay等)を利用して、振り込まれた賃金相当額を支払等で使用する。
労働基準法の「賃金支払いの5原則」
労働基準法24条では、賃金の支払について、5つのルールを定めており、これを「賃金支払いの5原則」と呼んでいます。そして、その5つのルールの説明は次のとおりです。
①通貨払いの原則(現物賃金の禁止)
②直接払いの原則
賃金は原則として直接労働者に支払う必要があります。
③全額払いの原則
④毎月1回以上の原則
⑤一定期日の原則
この点、賃金のデジタル払いに関係するものとしては、①通貨払いの原則(現物賃金の禁止)と④毎月1回以上の原則があります。
①通貨払いの原則(現物賃金の禁止)について、例外的に法的に許容され、④④毎月1回以上の原則についても、資金移動業者への要件として「少なくとも毎月1回は手数料無料で受け取ることができる」という形で反映されています。
なお、「賃金支払いの5原則」については、以下の記事でも解説しておりますので、ぜひご参照ください。
「賃金支払いの5原則」とは?賃金のデジタル払いを導入するメリット
賃金のデジタル払いを導入する会社と労働者のメリットについて、説明します。
従業員の満足度向上
まず、キャッシュレス決済を恒常的に利用している労働者からすると、自身でキャッシュレス決済用の資金を移動させる必要がなくなります。
また、キャッシュレス決済については、利用によるポイントなどのメリットもあるため、キャッシュレス決済を利用した場合のポイント還元を受けられる可能性も高まるということで、労働者の満足度向上に役立つといえます。
業務の効率化
次に、会社側として、銀行に毎月給与振り込みをせずに済むため、業務効率の改善も期待できます。
加えて、労働者からのニーズもあると考えられる都度払いや少額払いもしやすくなり、労働者の給与の受け取り手段の多様化に対応できるともいえます。
振込手数料の削減
多くの会社では、賃金の支払方法については、労働者が指定する銀行口座に振り込んで支払っている方法を採用していると思います。そして、銀行口座への振込の場合、会社が発生した振込手数料を負担しており、その負担額は小さくないといえます。
しかし、賃金のデジタル払いの場合、会社も労働者が指定する資金移動業者のサービスを利用すれば、振込手数料は銀行の手数料よりも安いことが多いため、経費削減に役立つともいえます。
外国人労働者等の人材確保
例えば、外国人労働者は、日本の銀行で口座を開設することが難しいため、会社が外国人労働者に対して賃金のデジタル払いが可能となれば、外国人労働者のニーズに応えることができるため、人材確保に役立ちます。
ただし、賃金のデジタル払いについて、資金移動業者への振り込みには現在100万円の上限が設定されているため、100万円を超える場合には、銀行口座が必要となるため、この点は要注意です。
デジタル賃金を導入するデメリット
賃金のデジタル払いを導入する会社と労働者のデメリットについて、説明します。
運用コストや従業員の負担増加
給与の振込先の選択肢が増えることや賃金のデジタル払い導入にあたっての手間が増えるため、これまでと異なった運用とする際のコストは増え、担当の労働者の作業負担が増加します。
また、多くの労働者がいる企業では、振込先として様々な資金移動業者を希望される可能性があり、その場合には振込みの手間や場合によっては手数料が増える可能性もあります。
セキュリティ面のリスク
資金移動業者のセキュリティが甘い場合、労働者の個人情報流出や不正送金といった問題が生じる可能性があり、労働者に予期せぬ問題が生じる可能性があります。
資金移動業者の破綻リスク
銀行などの金融機関が破綻した場合、いわゆるペイオフと呼ばれる預金保険制度があるため、預金者の預金は元本1000万円を限度に保護されます。
他方で、資金移動業者の場合、供託という方法によって破綻に備えた資産保全が図られています。さらに、資金移動業者には、銀行や保険会社等の民間の保証機関との間で、口座残高全額について、速やかに保証する旨の契約を締結することが求められています。
しかし、民間の保証機関による保証の為、リスクが無いとはいえないため、業者が経営破綻したときに、十分な保証が受けられない可能性がないとは言い切れません。
賃金のデジタル払いの導入方法について
賃金のデジタル払いの導入方法について、簡単に説明します。
賃金のデジタル払いをするには労働者の同意が必要
まず、賃金のデジタル払いを導入するには、労働者の同意が必要です。
そのため、労働者が希望しない場合には導入はできませんので、最初に労働者の希望を聞き取るようにしましょう。
労使協定の締結
労働者の賃金のデジタル払いの希望があった場合、賃金のデジタル払いについて、労働組合又は労働者の過半数代表者との間で労使協定を締結しましょう。
この労使協定では、①対象となる労働者の範囲、②対象となる資金の範囲及びその金額、③取扱指定資金移動業者の範囲、④実施開始時期について、取り決める必要があります。
就業規則(賃金規定)の改定
労使協定の締結ができたら、次は就業規則の賃金規程の部分を変更する必要があります。
具体的には、労使協定の内容を就業規則に追記しましょう。
就業規則を変更する場合には、労働基準監督署への届出義務が発生しますので、この届出を忘れないようにしましょう。
労働者に対する説明及び希望者の同意
従業員に対して、賃金の支払方法としていくつかの方法があることを説明しましょう。具体的には、①現金払い、②銀行口座への振込、③資金移動業者の口座への振込の3つの方法を提案する必要があります。
ここで、③資金移動業者の口座への振込だけを提示することはできませんので、気をつけましょう。
そして、労働者が③資金移動業者の口座への振込を希望した場合、資金移動業者が破綻した場合や不正出金があった場合等のリスクに関する説明をしましょう。この際に、厚生労働省が参考例として掲載する同意書の裏面に記載された事項を説明する必要があります。
これらの説明をした上で、賃金のデジタル払いを希望する労働者の同意を得ましょう。
賃金システムの対応
賃金のデジタル払いをする場合、銀行振込とは異なる送金方法になるため、従来の賃金の送金システムを改修・変更する必要があります。
労働者の情報収集・管理
賃金デジタル払いでは、銀行口座情報に代わるデジタルマネーの個人キー情報が必要となります、そして、個人キーは個人情報に該当するため、この情報が漏洩しないように対応する必要があります。そのため、従業員の情報の収集と管理体制について、十分に対応する必要があります。
賃金のデジタル化への対応でお困りの際は、弁護士法人ALGにご相談ください。
以上で説明したとおり、賃金のデジタル払いについて、メリットやデメリットや導入方法について説明しました。
そもそも賃金のデジタル払いを導入する必要があるのかというご相談や導入するにしてもどのように対応すれば分からないという問題があるかと思います。
そういった場合には、賃金のデジタル払いの導入するかの相談や導入方法での助言といったことでお役に立つことができると思いますので、労働問題に精通した弁護士が数多くいる弁護士法人ALGの神戸法律事務所にお気軽にご相談ください。
-
保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)
来所・zoom相談初回1時間無料
企業側人事労務に関するご相談
- ※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円)
- ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。
- ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。
- ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。
- ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込み11,000円)