労務

団体交渉の協議事項・内容

神戸法律事務所 所長 弁護士 小林 優介

監修弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長 弁護士

  • 団体交渉

会社と労働者との争いの際に、団体交渉が求められるケースがあります。
団体交渉とは、労働者が集団・団体となって、労働条件などについて使用者と話し合うことです。この労働者の集団・団体を「労働組合」といい、特に会社内の労働者に限らず、社外の労働者が集まって組んだ労働組合を「ユニオン(合同労組)」と呼びます。
労働者が団体交渉を行う権利は、憲法28条と労働組合法によって「団体交渉権」として保障されています。
そのため、団体交渉を申し入れられた会社側は、正当な理由がなければ交渉を拒否することができないので注意が必要です。
そこで、本記事では、労働組合から申し入れられることが多い団体交渉の協議内容や、団体交渉に臨むうえで会社側が注意すべきポイント、留意点について、労働問題、労務管理に精通した弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士が、以下詳しく解説していきますのでご参照ください。

目次

団体交渉ではどのようなことが協議されるのか?

まず、団体交渉ではどのようなことが協議されるのか、についてですが、団体交渉で協議できる事項・内容は、法律などで明確に定められているわけではありません。
しかし、一般的には、労働者が集団・団体を組んで会社側と交渉したいと考える労働条件などが中心であるかといえます。
以下、詳しく見ていきましょう。

労働条件やその他の待遇に関する事項

団体交渉で協議の対象としてまず挙げられるのは、労働条件やその他の労働者の待遇に関する事項と言えます。
ここでいう「労働条件その他待遇」とは、労働者が労働を行ううえでの契約上の条件ないし約束事(例えば、勤務地など)、労働関係における労働者のその他の経済的取扱いといったものをいいます。労働の報酬、時間、休息、安全性、補償、訓練などが労働条件の代表的なものとなります。
そして、これら「労働条件その他待遇」についての団体交渉が申し込まれた場合、以下で詳しく述べますが、「義務的団体交渉事項」なるため、会社側として団体交渉を拒否できません。

人事権・経営権に関する事項

団体交渉で協議の対象となるかどうかで争いとなるのは、人事権・経営権に関する事項でしょう。
ここでいう、「人事権」は、労働者の社内での立場や待遇に関する使用者の決定権限、「経営権」は会社の管理・生産などに関する決定権限をいいます。
基本的には、人事権や経営権を組合との交渉事項にしてしまうと、組合の同意なくしては人事異動や人事考課を行えなくなる事態となってしまいます。こうなると、会社の経営者と同程度の権限を組合に与えてしまうため、団体交渉事項には適さないものです。
ただし、人事権・経営権に関する事項でも、労働者の労働条件や地位向上等に関係する事項である場合には、「義務的団体交渉事項」になるため、注意しましょう。
例えば、下記のような事項です。

  • 労働者の採用
  • 配置転換(異動)
  • 労働者の休職
  • 解雇

協議内容に法律上の制約はあるのか?

上記したとおり、団体交渉ではどのようなことが協議されるのか、についてですが、団体交渉で協議できる事項・内容は、法律などで明確に定められているわけではありません。
そのため、団体交渉の要求にはすべて応じなければならないわけではなりません。
要求に応じられない正当な理由があり、その理由についてしっかりと説明した場合には、要求を拒否することができます。

義務的団交事項について

団体交渉において、重要となる概念として、「義務的団体交渉事項」があります。
「義務的団体交渉事項」とは、労働者から団体交渉を要求されたときに、会社側が団体交渉を拒否できない事項をいいます。
具体的には、以下列挙するように、労働者の労働条件や待遇、労使関係に関係する事項のうち、使用者が決定・変更できるものが該当します。

  • 賃金、退職金
  • 労働時間
  • 休憩時間、休日、休暇
  • 労働災害の補償
  • 教育訓練
  • 安全衛生
  • 団体交渉や争議行為に関する手続き
  • 配置転換、懲戒、解雇などの基準

これらについて、会社側で自由に協議内容を決められるとすると、労働者側が協議を希望している内容を、会社側が協議の対象から外すこともできてしまい、団体交渉が意味を成さなくなってしまうので、労働者の権利・利益を保護するという、団体交渉権を保障した法の目的が達成できるように、「義務的団体交渉事項」があると考えられています。

団体交渉に応じる義務のない事項とは

他方で、会社側として、団体交渉に応じる義務のない事項があります。
これを、「任意的団体交渉事項」といい、団体交渉に応じるかどうかを使用者側が判断できる事項をいいます。つまり、義務的団体交渉事項以外の事項です。
「任意的団体交渉事項」の具体例としては、下記のようなものがあります。

  • 使用者が対処できない事項(例:他社の労働条件)
  • 経営や生産に関する事項(例:経営戦略や生産方法の決定に関する要求)
  • 施設管理権に関する事項(例:設備の移転等に関する要求)
  • 他の労働者のプライバシーを侵害するおそれのある事項(例:他の労働者の賃金などの開示要求)

もっとも、これらの事項でも、労働条件や労働者の待遇に影響を与えるものは、その範囲内で「義務的団体交渉事項」となる可能性があるので注意しましょう。

社員のプライバシーに関する事項が含まれる場合

上記したとおり、他の労働者の賃金やボーナス支給額の開示など、特定の労働者のプライバシー(私的な事項)に関する事項について団体交渉を申し入れられる場合があります。
しかし、このような要求に安易に応じてしまうと、他の労働者のプライバシーが侵害されかねません。
そこで、他の労働者のプライバシーを保護するためにも、会社側としてはこうした団体交渉の要求を拒否できると考えられています。
ただし、プライバシーが侵害される危険のある労働者自身が、賃金やボーナス支給額の開示に同意しているようなケースでは、その労働者のプライバシーを保護する必要がないため、会社側としては団体交渉に応じなければならなくなるでしょう。

義務的団交事項の該当性が問われた判例

「義務的団体交渉事項」に当たるかどうかが争われた事案として、「根岸病院事件」(最判平成20年3月27日)が挙げられます。
以下、詳しく見ていきましょう。

事件の概要

事件の概要としては、Y病院が、その職員で組織される唯一のA労働組合に対し、事前に協議することなく、新規採用者の初任給を大幅に引下げることを通知し、これに対して、A組合はX病院に対して、初任給の引下げについて団体交渉を申し入れ、Y病院が団体交渉に応じなかったことについての是非が争われました。

裁判所の判断

裁判所は、まず「義務的団体交渉事項」について、以下のとおり判断しました。
すなわち、「義務的団体交渉事項」とは、団体交渉を申し入れた労働組合の構成員である労働者の労働条件その他の待遇、当該団体と使用者との間の団体的労使関係の運営に関する事項であって、使用者に処分可能なものと判断しました。
そうすると、非組合員である労働者(本件で問題となった新規採用者など)の労働条件に関する問題は、「義務的団体交渉事項」にあたるものではなさそうですが、裁判所は以下のとおり判断しました。
将来にわたり組合員の労働条件、権利等に影響を及ぼす可能性が大きいといえ、組合員の労働条件との関わりが強い事項については、これを「義務的団体交渉事項」に該当しないとするのでは、組合の団体交渉力を否定する結果となるから、非組合員の労働者の労働条件に関する事項も「義務的団体交渉事項」にあたるとすべきである。

ポイント・解説

本判決では、非組合員に関する労働条件などの事項でも、組合員の団結力に重大な影響を及ぼす可能性のある事項については、「義務的団体交渉事項」に該当するとの判断を示しました。
そのため、上記定義から外れるような内容の団体交渉を要求されたとしても、組合員の労働条件とのかかわりが強い事項(例えば、組合員と非組合員の条件の差異など)については、「義務的団体交渉事項」にあたるため、会社としても注意が必要です。

団体交渉の協議事項に関するQ&A

以下、団体交渉の協議事項に関するよくある質問を見ていきましょう。

義務的団交事項について、団体交渉を拒否するとどうなりますか?

上記したとおり、「義務的団体交渉事項」については、労働者から団体交渉を要求されたときに、会社側が団体交渉を拒否できない事項をいいます。
そして、団体交渉は「正当な理由なく」拒否することはできず、団体交渉を拒否した場合、基本的には、「不当労働行為」にあたるでしょう(労働組合法7条2号では、「労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由なく拒むこと」を不当労働行為と規定しています。)。
仮に、企業が正当な理由なく団体交渉を拒否した場合、労働組合は各都道府県労働委員会に対して、救済申し立てを行うことが可能です。そして、労働委員会において、不当労働行為に該当すると判断された場合、救済命令が発せられることになります。

「任意的団体交渉事項」にはどのようなものが該当しますか?

「任意的団体交渉事項」については、上記したとおり、義務的団体交渉事項以外の事項です。
「任意的団体交渉事項」の具体例としては、下記のようなものがあります。

  • 使用者が対処できない事項(例:他社の労働条件)
  • 経営や生産に関する事項(例:経営戦略や生産方法の決定に関する要求)
  • 施設管理権に関する事項(例:設備の移転等に関する要求)
  • 他の労働者のプライバシーを侵害するおそれのある事項(例:他の労働者の賃金などの開示要求)

安全衛生や災害補償に関する事項は、義務的団交事項に該当しますか?

上記したとおり、「義務的団体交渉事項」については、労働者から団体交渉を要求されたときに、会社側が団体交渉を拒否できない事項をいいます。
具体的には、労働者の労働条件や待遇、労使関係に関係する事項のうち、使用者が決定・変更できるものが該当します。
そのため、安全衛生や災害補償に関する事項は、「義務的団体交渉事項」に該当するといえるでしょう。

他社との合併について団体交渉を要求されました。会社は団体交渉を拒否できますか?

上記したとおり、合併などの「経営権」に関する事項については、組合との交渉事項にしてしまうと、組合の同意なくしては合併を行えなくなる事態となってしまいます。こうなると、会社の経営者と同程度の権限を組合に与えてしまうため、団体交渉事項には適さないものです。
ただし、合併などの「経営権」に関する事項でも、労働者の労働条件や地位向上等に関係する事項(例えば、合併後の労働条件など)である場合には、「義務的団体交渉事項」になるため、注意しましょう。

団体交渉の手続きに関する事項が、団体交渉の協議内容になることはありますか?

団体交渉の手続に関する事項が、団体交渉の協議内容になることはあります。
また、上記したとおり、団体交渉や争議行為に関する手続きについても、「義務的団体交渉事項」となるため、会社側としては、交渉に応じる必要があります。

労働組合が要求する事項について、会社は全て応じなければなりませんか?

労働組合が団体交渉を要求してきたとしても、会社として全て応じなければならないわけではありません。
会社としては最初に当該団体交渉を応じるか否かの決断をしなければならないのですが、正当な理由なく団体交渉に応じないことは、不当労働行為や不法行為に該当します。
この点、任意的断行事項(純粋な経営権に関する事項であり、企業が団体交渉に応じるか否かを任意的に決定できる事項)の場合や労働組合が適法に組織されていない場合、団体交渉を拒否する正当な理由が認められる可能性があります。

団体交渉申入書に具体的な協議事項が記載されていない場合、団体交渉を拒否することは可能ですか?

団体交渉申し入れ書に、具体的な協議事項が記載されていない場合には、団体交渉を拒否することは可能でしょう。
ただし、正当な理由なく団体交渉に応じないことは、不当労働行為や不法行為に該当するため、団体交渉を拒否する理由をきちんと明示するようにしましょう。

団体交渉の協議内容が、義務的団交事項に該当するか判断できない場合はどうしたらいいですか?

「義務的団体交渉事項」か「任意的団体交渉事項」かを一義的に区別することは非常に難しいでしょう。
そのため、会社側の基本的な方針としては、団体交渉の申し入れがあった場合、一旦は団体交渉に応じる方向で検討することが妥当といえます。
例えば、仮に、「任意的団体交渉事項」に関する団体交渉の申し入れがあった場合でも、まずは団体交渉に応じ、交渉の場で組合に対し「任意的団体事項」に関する事項であると説明することで良いでしょう。

団体交渉の協議事項を、第三者に口外することは認められますか?

団体交渉の協議事項を、第三者に口外することは、協議中であれば特に制限はされていないかと思われます。
ただし、当該協議事項が、特定の労働者のプライバシーに関する事項であるならば、当然ながら第三者への口外は許容されないといえるでしょう。

個別の組合員の昇進・昇格に関する事項は、団体交渉の対象となりますか?

特定の組合員の昇進・昇格に関する事項は、団体交渉の対象となります。
むしろ、団体交渉については、例えばユニオンなどの組合では、組合員個人の労働条件等をめぐって行われることも多いです。

団体交渉対策でお悩みの会社は、労働問題を得意とする弁護士にご相談ください。

労働組合からの団体交渉の申込みを不当に無視することは、これまで見てきたとおり、不当労働行為や不法行為に該当します。会社側が不当に団体交渉を拒んでも、紛争を拡大するだけであり、会社にとって著しい不利益になります。
そのため、会社は、団体交渉について、まずは誠実に対応する必要があることが一般的です。
また、使用者が団体交渉の場において誠実に交渉を行なわない場合、損害賠償の対象や企業価値を毀損する結果になりかねません。
他方で、会社側としては、団体交渉に誠実に応じる義務はあるものの、労働組合が提示した条件に応じる義務や譲歩しなければならない義務は法律上ありません。会社として著しい不利益な条件を組合から提示された場合、かかる条件について応じないとの決断をする必要があります。
このように、団体交渉への対応については、会社側としてどのように対応すべきか慎重に検討すべきなので、労働組合から団体交渉を申し込まれた場合には、労務管理、労働問題に精通した弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士にぜひご相談ください。

神戸法律事務所 所長 弁護士 小林 優介
監修:弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長
保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)
兵庫県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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