労務

懲戒解雇と退職金について|懲戒解雇する社員に退職金を支払う必要はあるか?

神戸法律事務所 所長 弁護士 小林 優介

監修弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長 弁護士

  • 問題社員

従業員が問題を起こし、その問題を理由に懲戒解雇した場合、退職金は支給する必要があるのかと疑問に思われる経営者の方は多いと思います。
特に、懲戒解雇するほどに会社の業務遂行にダメージを与えたのだから、退職金を支払う必要はない、または減額するべきだと、普通なら考えるでしょう。
ただ、退職金を支給しない、するにしても減額するためには、法的にクリアする条件があり、その条件を満たさないと、退職金の不支給や減額は認められず、後に従業員から訴訟等を起こされるリスクを生じさせます。

そこで、本記事では、会社側の労働問題、人事労務問題に精通した弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士が、退職金不支給・減額の為の条件や退職金不支給が事件となった裁判例を説明していきます。

懲戒解雇する社員に退職金を支払う必要はあるのか?

退職金は、労働契約上当然に発生するものではありません。
そのため、退職金を支払う場合には、従業員との労働契約で別途退職金に関する合意を定めておく必要がありますが、就業規則等で、退職金についての規定を置くことが多いと思います。
退職金を支払うという就業規則等がある場合に、懲戒解雇をする社員に対して退職金を支払わないとするためには、就業規則の退職金に関する部分で、そもそも懲戒解雇の場合には退職金を「支払わない」または「減額する」という規程を別で定めておく必要があります。
そのため、懲戒解雇する社員に退職金を支払わないようにするためには、「懲戒解雇された場合には、退職金は不支給とする」「懲戒解雇された者については、退職金を支払わないことがある」等と定める必要があります。
こういった退職金不支給の規定を必ず就業規則で定めておきましょう。

退職金の減額や不支給は法律上問題ないのか?

退職金の不支給・減額に関する条件を就業規則で定めておくことは、法的に可能です。
実際、厚生労働省のモデル就業規則でも、下記のとおり、懲戒解雇をする社員に対する退職金の不支給に関する規定を設けています。


(退職金の支給)
第54条 勤続 年以上の労働者が退職し又は解雇されたときは、この章に定めるところにより退職金を支給する。ただし、自己都合による退職者で、勤続 年未満の者には退職金を支給しない。また、第67条第2項により懲戒解雇された者には、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。
*同条2項は省略

引用:モデル就業規則について |厚生労働省 (mhlw.go.jp)

以上

もちろん、上記就業規則の文言とおりであればよいというものではありませんし、上記規定の方法では不十分な場合もあります。
そのため、実際に退職金不支給を定める際には、人事労務問題に精通した弁護士にご相談ください。

就業規則に退職金を支給しない旨を定めていない場合は?

就業規則に退職金支給・減額しない条件を定めていない場合、従業員を懲戒解雇したとしても、退職金を不支給にすることはできません。
この点、就業規則等に不支給がない場合に、懲戒解雇された従業員が会社に対して退職金の支払を求めたとき、会社としては、従業員からの退職金請求は権利濫用だと反論する方法があります。
ただし、この場合、従業員に「勤続の功労を抹消または減殺する程度にまで著しく信義に反する行為があった」と主張等していく必要があり、権利濫用が認められるハードルは高いです。
そのため、就業規則等に退職金不支給に関する規定は必ず置くべきです。

懲戒解雇を理由とした退職金の減額・不支給が認められる条件とは

就業規則に退職金不支給の条件を設けたとしても、懲戒解雇の際に退職金を不支給・減額することが無制限にできるものではありません。
というのも、多くの裁判例では、退職金について賃金の後払い的な性格や在籍中の功労に対する報償金を有していることから、退職金での不支給・減額の規定のほかに「それまでの勤続の功を抹消又は減殺するほど著しい背信行為」がある場合に限られると判断しています。
したがって、退職金の減額・不支給が認められる条件としては、①就業規則等に減額・不支給の条件が定められていること、②「それまでの勤続の功を抹消又は減殺するほど著しい背信行為」があることの2つが必要となります。

就業規則や退職金規程にはどのように定めておくべきか?

退職規則や退職金規定に規定されていない条件が生じた場合、退職金不支給・減額の根拠がないため、いざというときに、退職金を不支給・減額とすることができません。
そのため、どのような場合に不支給・減額とするかを十分に検討しておきましょう。
また、退職規則や退職金規定が退職金不支給・減額の根拠となるため、退職金不支給・減額の条件が曖昧だと後から「法的な根拠がない」と主張される可能性があります。
そのため、不支給・減額の条件は明確に定めておく必要があります。

退職後に懲戒事由が発覚した場合、退職金を返還してもらえるか?

ある従業員に懲戒事由にあたる問題が生じ、その問題が会社に露見することを恐れ、懲戒解雇される前に自ら退職届を出して退職し、会社は従業員の問題に気付かず、退職金を支給してしまい、その後で従業員の問題に気付く・・・ということがたびたびあります。
退職後に懲戒事由が発覚した場合に退職金の不支給・減額や返還を求めるとき、これに対応した規定が必要となります。
この点、上記した厚労省の就業規則モデルでは、「懲戒解雇された者」とあるため、懲戒解雇されていない従業員に対して、退職金の不支給・減額や返還を求めることはできません。
そのため、就業規則には、「退職後に在職中の懲戒事由に相当する行為が発覚した場合に退職金を不支給・減額する、または支給済みの場合には返還を求めることができる」旨の規定が必要です。
また、支給済みである可能性があるため、返還に関する条件も記載しておくべきです。

なお、従業員が退職すると言い出した場合、その理由等を事前に確認して、不自然ではないか、何か問題を隠していないか等を確認するべきです。
退職金を支給した後で、元従業員から支給した退職金を回収することは難しい場合が多いため、退職の理由に少しでも怪しさを感じたのであれば、退職金支給をいったん中止して、調査を開始するべきだと思います。

競業避止義務と退職金について

退職した従業員が競業避止義務に違反したことが発覚した場合、退職金の不支給・減額をするためには、就業規則等にその旨を規定しておく必要があります。
また、懲戒解雇の場合と同様に、就業規則等に記載があったとしても、無制限に不支給・減額が認められるものではなく、「顕著の背信性があること」が必要です。
この「顕著の背信性がある」という判断では、不支給・減額条項の必要性、退職に至る経緯、退職の目的、会社の損害等の事情を考慮して判断されます。
そのため、競業避止義務違反の場合の退職金不支給・減額の判断は、懲戒解雇の場合よりも、厳格に判断されるものであると考えるべきだと思います。

懲戒解雇による退職金の不支給が認められた判例

懲戒解雇による退職金の不支給が認められた判例として、複数の従業員が会社に損害を与えることを認識しながら、共謀して一斉に退職したという事例(キャンシステム事件・東京地判平成21年10月28日)について、説明します。

事件の概要

本裁判例の事案の概要としては以下のとおりです。

  • Y社は有線音楽放送事業等を目的とする会社であり、XらはY社の従業員だった。
  • Y社の取締役だったBは、Y社を退社後にZ社を設立した。
  • Z社は、Y社と競合関係にあったA社と業務提携契約を締結し、A社の代理人としての業務を行った。
  • Bは、Y社を退職後に、Y社の重要なポストにいる者に対して、Z社に入社して、A社と提携して、Y社を廃業に追い込もう勧誘し、部下にも勧誘するよう依頼した。
  • その後、Y社の全従業員の約3分の1にあたる従業員Xら(500名以上)が、何らの予告もなく一斉に出社せず、その後も無断欠勤や職場放棄を続けた。そのせいで、Y社の業務遂行に多大な混乱を生じさせ、Y社が一斉退職前と同様に通常業務を遂行できるようになるまでに、約4か月を要した。なお、Xらの大半は、Z社に入社した。
  • そこで、Y社は、Xらに対して、懲戒解雇し、就業規則に基づき、退職金を不支給とした。
  • Xらのうち311名が、Y社に対して、退職金の支払を求めて、提訴した。

裁判所の判断(キャンシステム事件・東京地判平成21年10月28日)

東京地裁は、懲戒解雇をした者への退職金不支給の就業規則等の合理性を認めた上で、一斉退職したXらのうち287名について、Y社に大混乱が生じることを意図、認識した上で部下に対してY社の退職及びZ社への入社勧誘し、自らも退職して一斉に欠勤したと認定し、一斉退職の共謀があったと評価しました。
そして、Xらのうち上記287名について、Y社に事前に何らの連絡もなく一斉に欠勤し、Y社の業務を完全に麻痺・停滞させたこと、後任者に業務を引き継ぐこともなく欠勤することでY社がさらに混乱するであろうことを認識予見し、実際に引継ぎをしなかったために、Y社の混乱をさらに拡大させたことや退職後の競業行為によってY社に多大な損害を与えたと評価した。そして、Y社による懲戒解雇は有効だとしました。
そのため、東京高裁は、Xらのうち、287名について、一斉退職・職労放棄がそれまでの勤続の功を抹消するほどの著しく信義に反する背信行為であるとして、就業規則に基づき、退職金を不支給とすることを認めました。

ポイント・解説

退職金不支給が有効かどうかの判断では、行為の悪質性が重要な基準となります。
この行為の悪質性は、違反行為によって企業秩序がどの程度まで乱されたのかという事情などをもとに評価されます。
そのため、本件事例の場合、Xらのうちの287名について、Y社の業務を完全に麻痺・停滞させることを認識しつつ、一斉退職したことで、Y社の業務を完全に麻痺・停滞させて、企業秩序を一時的にではあるかもしれませんが崩壊させたものといえます。
そのため、企業秩序を一時的にでも完全に崩壊させるほどの行為の悪質性が認められたため、Xらのうちの287名について、「それまでの勤続の功を抹消するほどの著しく信義に反する背信行為である」として、退職金不支給が有効という判断となりました。

懲戒解雇による退職金の不支給が認められなかった判例

懲戒解雇による退職金の不支給が認められなかった判例として、従業員が私生活上で問題行為を行った事例(NTT東日本(退職金請求)事件・東京高判平成24年9月28日)について、説明します。

事件の概要

本裁判例の事案の概要としては、以下のとおりです。

  • Y社の従業員Xは、Y社での勤務後に帰宅した後、自転車で通行中の女子高生Aに対してわいせつ行為を行い、強制わいせつ致傷罪で逮捕された。Xは、ケガを負った女子高生Aとの間で示談を成立させたものの、同罪で起訴された。
  • このことは、新聞やテレビ、インターネットのニュースで報道され、Y社の名前を具体的に明らかにした報道もあった。そのため、Y社は報道対応や捜査機関の捜査に協力したため、通常業務に支障が生じた。
  • Xは、代理人を通じて、Y社に対して、退職届を出した。
  • Y社は、退職届を受領したものの、Xの上記行為の内容等を知ることができなかったため、このような状況で懲戒処分の判断はできないと判断し、懲戒処分の判断を留保した上でXの辞職を承認した。その結果、Xは、Y社を合意退職することとなった。
  • Xは、その後、有罪判決を受けた。そのため、Y社は、Xに対して、上記行為の内容等の事実確認を行った上で、懲戒解雇相当との結論が出した。
  • Y社には、退職後に在職期間中の非違行為が発覚し、それが懲戒解雇相当と判断された場合は退職金を支給しない旨の規定があったため、Y社は、Xに対して、退職金不支給の判断を通知した。
  • Xは、この判断を不服として、退職金の支給を求めて、提訴した。

裁判所の判断(NTT東日本(退職金請求)事件・東京高判平成24年9月28日)

東京高裁は、Y社の退職金不支給の規定に一定の合理性があると認定しつつも、退職金に賃金後払いとしての性格を有していると指摘して、退職金の不支給のためには「労働者のそれまでの勤続の功労を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られる」と指摘しました。 その上で、Xの行為について、自己中心的な動機による犯罪行為であり、軽いとはいえない量刑が下される等から、相当強く非難されるべきであり、Y社の従業員が犯行を行ったとメディアや公開の法廷で明らかにされたことから、雇用主としてのコメントを求められるなど名誉や信用が失墜し、さらに、報道対応や任意捜査への協力等で業務への支障が現実に生じていること等(Yの行為が時短勤務後に行われていることも言及されていた)を指摘しました。

他方、東京高裁は、上記行為が私生活上の飛行であり、被害者Aとの間で示談が成立していること、刑事上の制裁も受けていること、Y社内での表彰歴等を考慮して、上記行為がXの功労を抹消してしまうほどの行為ではないと指摘しました。
しかし、東京高裁は、上記行為について、上記有利な事情を考慮しても、Xの功労を著しく減殺するものであると判断して、退職金のうち7割を減額して、残りの3割に該当する金員の支払を命じました。

ポイント・解説

この判決は、退職後に懲戒事由が発覚した場合に、それに備えて作られた規定を根拠に、退職金の不支給を決定した点について、判断されたものです。
退職金不支給が有効かどうかの判断では、上記裁判例でも解説したとおり、行為の悪質性が重要な基準となります。
行為の悪質性が高いのであれば、退職金の不支給は認められやすくなります。
そして、行為の悪質性は、違反行為によって企業秩序がどの程度まで乱されたのかという事情をもとに評価されます。
そのため、業務に関連した犯罪行為や違法行為の場合は、企業秩序を相当に乱したと評価され、行為の悪質性が認められ、退職金不支給という判断になる傾向があります。

他方で、今回のXの行為のように、業務に関連の無い私生活上の違反行為は、あまりに酷い違反行為でないかぎり、企業秩序を不支給となるまでに乱していない(減額するにしても7割)と評価される傾向にあるといえます。
そのため、退職金の不支給を判断する際には、従業員の違反行為が業務に関連するものであるか、それがどの程度であるのか、という点を考慮するべきでしょう。

懲戒解雇時の退職金で不明点があれば、労働問題を得意とする弁護士にご相談下さい。

本記事では、懲戒解雇した従業員に対する退職金不支給や減額を判断するために、就業規則等の根拠が必要であることや根拠があるとしてもさらに満たすべき要件があることを説明しました。

就業規則等の根拠の点は、いざ問題が生じてからでは対応できない問題であるため、事前のチェックが欠かせません。 そのため、会社の就業規則を人事労務問題に精通した弁護士に一度確認してもらうことを強く勧めます。

また、「それまでの勤続の功を抹消又は減殺するほど著しい背信行為」という要件の認定は、懲戒事由や裁判例の分析といった知識を踏まえて判断する必要があり、非常に難しい問題です。
この要件を満たさない場合、訴訟で争われる可能性が高く、訴訟において、不支給とした退職金と遅延損害金の支払を命じられてしまい、多額の金銭の支出を求められるリスクが生じてしまいます。
そのため、退職金の不支給・減額といった判断は、労働事件に関する専門的な知識をもった弁護士の意見を踏まえて行うべきと考えます。

この点、弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士は、会社側の労働問題、人事労務問題を得意とする弁護士が在籍していますので、退職金の不支給・減額の点で問題や不安を抱えている方はお気軽にご相談ください。

神戸法律事務所 所長 弁護士 小林 優介
監修:弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長
保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:51009)
兵庫県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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