監修弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長 弁護士
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、【単純承認】、【限定承認】、【相続放棄】のいずれかを選択しなければなりません。ただし、知った時から3か月が経過してしまえば、【単純承認】をしたものとみなされてしまいます。
このような知識に乏しいと、故人である被相続人のプラスの財産だけでなく、マイナスの財産も含めて全て相続することによって、予想外の不利益を受けてしまうおそれがあります。
この記事では、【単純承認】について、相続問題、遺産分割問題に精通した弁護士法人ALの神戸法律事務所の弁護士が、以下詳しく説明します。
目次
単純承認とは
【単純承認】とは、被相続人の権利義務が無限定にすべて相続人に受け継がれるものです(民法920条)。
すべて受け継がれるというのは、【単純承認】をした相続人は、例えば、マイナスの相続財産(1000万円)がプラスの相続財産(500万円)の額を超えたとしても、そのすべてについて責任を負うことになります。
【単純承認】については、単純承認で良いという意思表示がなされる場合に限らず生じることがあります。
具体的には、上記したとおり、一定の期間内に限定承認や相続放棄の意思表示がされなかったこと等によって自動的に【単純承認】とみなされることがあるので注意が必要です(民法921条2号)。
単純承認のメリット
【単純承認】がなされると、被相続人の権利義務が無制限・無条件に承継されますので、相続人は、被相続人の遺産である不動産、自動車、家財道具、預貯金、金銭債権などの財産を全て無制限・無条件に承継することができます。
【単純承認】の意思表示をするために特別な形式は必要とされませんし、現実的には、期間経過により単純承認をしたものとみなされること(法定単純承認)が多いと思われます。
このように、相続放棄や限定承認とは異なり、特別な形式や手続を経ることなく、被相続人の財産を全て無制限・無条件に承継することができるという点が、単純承認のメリットです。
限定承認については、以下の記事で詳しく解説しておりますので、ご参照下さい。
単純承認のデメリット
【単純承認】をすると、プラスの財産もマイナスの財産も、被相続人の相続財産の全てを相続することになります。また、上記したとおり、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、相続について限定承認や相続放棄をする意思表示がされなければ【単純承認】したとされます(民法915条)。
そのため、マイナスの財産がプラスの財産よりも大きい場合には、相続人が大きなマイナスの財産を引き継いで債権者に債務を支払わなければならないというデメリットが起こることがあります。
単純承認と見なされるケース(法定単純承認)
【単純承認】については、単純承認の意思表示をして単純承認するケースと、意思表示をしなくても単純承認したとみなされるケースがあります。
後者については、一定の事由がある場合に、相続人が単純承認の意思表示をせずとも、単純承認したことになってしまう制度で、『法定単純承認』といいます。以下では、どのような事由がある場合に『法定単純承認』となってしまうのかを解説いたします。
相続財産の全部または一部を処分した場合
『法定単純承認』の典型的な例として、「相続人が相続財産の全部又は一部を処分した」ことが挙げられます(民法921条1号)。相続財産の全部または一部を処分するというのは、本来、単純承認をした相続人でなければ行うことができないためです。
「相続人が相続財産の全部又は一部を処分した」とは、例えば、家屋の取壊し、土地の売却、株式の質入れなどです。
ただし、相続人が自己のために相続の開始した事実を知り、又は少なくともその事実を確実に予想しながら処分した場合であることが必要です。
不動産の名義変更を行った場合
『法定単純承認』の例として、「不動産の名義変更を行った」場合も挙げられます。
不動産の名義変更というのは、自身が不動産の所有者であることを前提とした対応であり、本来、単純承認をした相続人でなければ行うことができないためです。
「不動産の名義変更を行った」とは、例えば、被相続人名義で登記された不動産について、相続人名義に変更するという登記手続を行った場合だけでなく、被相続人の債務の代物弁済として相続財産である不動産を第三者に譲渡した場合でも、『法定単純承認』となってしまいます。
熟慮期間内に何も行わなかった場合
『法定単純承認』のもう一つの典型例として、「熟慮期間内に何も行わなかったこと」が挙げられます(民法921条2号)。
熟慮期間とは、相続人が相続の開始を知った場合、相続人において、限定承認をするか相続放棄をするかについて考えることができる期間のことをいいます。
相続人が、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に何も行わなかった場合、熟慮期間を経過したとして、単純承認がなされたものとみなされます。
なお、熟慮期間は、裁判所への手続によって伸ばすことができますが、2度目以降は容易には認められない傾向にあります(民法915条1項ただし書)。
相続放棄や限定承認後に財産の隠匿・消費などがあった場合
『法定単純承認』の別の例として、「相続人が限定承認又は相続放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったこと」が挙げられます(民法921条3号)。
被相続人の債務が多い場合、もしくは債務が多いか不明な場合には、相続人が限定承認又は相続放棄をする例はありますが、たとえ限定承認又は相続放棄をした後であっても、『法定単純承認』が発生してしまう可能性がありますので、注意するようにしましょう。
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単純承認にならないケース
上記4では、単純承認したとみなされる『法定単純承認』について説明いたしました。
もっとも、単純承認したとみなされる典型例である相続財産を使用したような場合であっても、一定の場合には、『法定単純承認』には当たらない場合もあります。
そこで、以下、『法定単純承認』に当たらない場合の説明をいたします。
葬儀費用を相続財産から出した場合
相続人は、遺族として、被相続人の葬儀費用を支出するでしょうが、相続人自身の現金や預貯金が乏しい場合、相続財産から葬儀費用を支出せざるを得ない場合があるでしょう。
このような場合でも、相続財産から支出したものとして『法定単純承認』を認めてしまうと、遺族にとって過酷となるケースがあります。
そこで、相続財産から被相続人の葬儀費用を支出した場合、『法定単純承認』ではないとされることが多いでしょう。
ただし、相続財産から葬儀費用を支出するとしても、社会通念上相当な範囲内に限られており、無制限に認められるわけではありませんので、注意しましょう。
生前の入院費を相続財産から支払った場合
被相続人の生前の入院費は、入院に伴う対価として被相続人が支払うべきであった債務の支払いをするものです。
ただし、それを相続財産から支払うことは、相続財産の処分に当たるとみなされてしまい、『法定単純承認』となる可能性は、否定できません。
生前の入院費を相続財産から支払うことは、場合によっては単純承認したとはみなされないことがあると考えられますが、相続財産の一部を使用するものであり、単純承認したとみなされる可能性も十分にありますので、注意するようにしましょう。
形見分けは単純承認となるかどうか判断が分かれる
形見分けとして、亡くなった方の遺品を遺族に分配するというのはよく行われることでしょう。
ただし、この形見分けが、相続財産の処分として『法定単純承認』となるか否かは、ケースバイケースです。
一般的には、遺品の経済的価値の大小が考慮される傾向にあるため、形見分けをしても『法定単純承認』ではないと判断されるケースもあります。
ただし、『法定単純承認』でないという判断基準を見出すことは困難です。
そのため、形見分けについては、『法定単純承認』となる可能性があることに注意するようにしましょう。
単純承認するかどうかはどうやって決める?
【単純承認】をしてしまうと、プラスの財産だけでなくマイナスの財産も含めてすべてを相続してしまうことになるため、相続財産のうち、マイナスの財産とプラスの財産のどちらが多いかが、【単純承認】をするかどうかの判断基準となるでしょう。
そのためにも、相続発生後には速やかに相続財産の調査をすべきですし、そもそも生前から被相続人が有する相続財産を把握しておくことが望ましいといえます。
いずれにせよ、熟慮期間は3か月であり、期間は短いため、早急に検討するようにしましょう。
単純承認したくない場合
【単純承認】をしたくない場合には、3か月の熟慮期間中に「相続放棄」又は「限定承認」をする必要があります。
「相続放棄」又は「限定承認」をした場合は、【単純承認】をしたことにはなりませんので、【単純承認】をすることを回避することができます。
ただし、上記のとおり、「相続放棄」や「限定承認」をした場合でも、相続財産の一部を処分したり、財産の隠匿等を行うと、【単純承認】したとみなされることがありますので、注意するようにしましょう。
単純承認についてお悩みの方は弁護士へご相談下さい
被相続人を亡くし相続人となった遺族は、葬儀などの法要に追われるなどして、遺品の整理などを含めて相続手続にまでは気が回らないということが多々あります。
また、被相続人が亡くなった後で初めて財産や債務が判明した、というケースも多く見られます。
もっとも、このような場合でも、3か月という短い熟慮期間内に、【単純承認】をすべきか、「限定承認」をすべきか、「相続放棄」をすべきか、という選択を迫られます。そして、上記したとおり、何もしないまま熟慮期間の3か月が経過してしまえば、『法定単純承認』が発生してしまいます。
これらからお分かりになるとおり、【単純承認】をすべきか否か判断するためには、時間的な余裕があまりないのです。残念ながら、法的知識が乏しいために、【単純相続】をしてしまい、予想外の経済的不利益を受けてしまう方は、少なからずおられます。
このような事態を避けるために、なるべく早く相続問題に精通した弁護士に相談されることをお勧めします。
弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士は、相続問題、遺産分割問題に精通しており、ぜひ一度ご相談ください。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:51009)