監修弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 神戸法律事務所 所長 弁護士
養育費は子供の成長に欠かせないお金ですが、未払いも多いのが現状です。直接請求しようにも、相手が応じてくれなかったり、相手の連絡先が分からなかったりすることもあります。
その場合、「強制執行」を申し立てることで、養育費をスムーズに回収できる可能性があります。強制執行では、相手の財産を“強制的に”差し押さえることができるため、相手に逃げられる心配も解消されるでしょう。
本記事では、離婚問題、養育費問題に精通した弁護士法人ALGの神戸法律事務所の弁護士が、養育費の強制執行における流れや注意点などを解説していきます。養育費が支払われずお困りの方は、ぜひご覧ください。
目次
養育費の強制執行で差し押さえることができるもの
強制執行では、相手から以下のものを差し押さえることができます。
ただし、そもそも、強制執行を行うためには、強制執行認諾(受諾)文言付きの公正証書など「債務名義」という強制執行を申し立てるための文書等が必要になりますので、ご留意ください。
- 債権:給与や預貯金
- 不動産:家や土地(相手名義のもの)
- 動産:宝飾品や美術品、車、電化製品、現金など
ただし、衣類や家具などの生活必需品と、66万円までの現金(2か月分の生活費)は差押えできません。
差し押さえることができる金額
取り決めた養育費のうち未払いのもの全額について、差押えが可能です。
例えば、預貯金を差し押さえる場合、未払い額が多ければ、口座にある全額を回収することも可能です。
ただし、給与の差押えには上限があるため注意が必要です。養育費の場合、手取額の2分の1まで差押えが認められています。
もっとも、通常の強制執行では手取額の4分の1が上限なので、養育費は特に保護されているといえるでしょう。
また、相手の手取額が66万円を超える場合、33万円を除いた全額を差し押さえることができます。
将来の養育費も自動で天引きできる
養育費は、未払い分だけでなく、将来の分まで差し押さえることができます。
例えば、給与を差し押さえる場合、毎月の給与から自動的に一定額が天引きされるような仕組みです。
そのため、未払いがあるために強制執行の手続きをとる必要がなく、将来未払いになる心配も解消されるといえるでしょう。
ただし、相手が転職した場合や自営業の場合には、別途手続きが必要となります(詳しくは後ほど解説します)。
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強制執行の手続きをするには相手の勤務先や住所などの情報が必要
給与の差押えなら「勤務先」、預貯金の差押えなら「口座情報」をあらかじめ特定しておく必要があります。また、裁判所から相手に通知を送るため、相手の「住所」も特定しなければなりません。
住所は、住民票や戸籍の附票などで調べられますが、離婚後は調べるのは容易ではないため、弁護士に依頼して調査の上で特定することも可能です。
また、口座情報は、銀行名と支店名が必要となります。この点、裁判所から金融機関に情報開示を依頼する「第三者からの情報取得手続」などもあるため、利用すると良いでしょう。
会社に拒否されてしまったら、どうすればいい?
会社が相手をかばい、給与の差押えを拒否してくる可能性もあります。例えば、会社が家族経営だったり、相手と経営者が親しい間柄だったりするケースで起こり得ます。
給与を差し押さえたとしても、会社が任意に養育費相当額を支払ってくれるかは別といえます。
この場合、裁判所に「取立訴訟」を申し立てるのが有効です。
取立訴訟は、相手の会社が給与の差押えに応じないとき、会社の財産を差し押さえる制度です。会社は取立命令が出ればそれに従う義務があるため、養育費を回収することが可能となります。
相手の住所がわからない場合
相手の住所は、戸籍の附票や住民票によって調べることができます。なお、養育費の請求のような「正当な理由」があれば、第三者でもこれらを取り寄せることが可能です。
また、弁護士に依頼すれば、必要な書類を代わりに取得してもらうこともできます(職務上請求)。
ただし、住民票の記載と実際の住所が違うこともあるでしょう。この場合も、弁護士が「弁護士照会」を行うことで、相手の携帯電話の番号などから現住所を特定することが可能です。
養育費を強制執行する方法
強制執行を行う場合、具体的にどのような流れで進むのでしょうか。また、申立てにはどんな手続きが必要なのでしょうか。以下で詳しくみていきます。
養育費の強制執行にかかる費用
養育費の強制執行として多いのは、上記したとおり、給与や預貯金の差押えかと思われますが、給与の差押えについては、「債権執行」という手続きを取ることになるでしょう。
その際の費用については、基本的には以下のとおりです。
- 申立て手数料
収入印紙4,000円分 - 連絡用郵便切手
裁判所によって金額が異なる(2,000~3,000円が相場)
ただし、上記は債権者1名、債務者1名、債務名義1通、第三債務者(会社)1名のケースです。事案によっては増額する可能性があるため、ご注意ください。
必要な書類
- 申立書
表紙、当事者目録、請求債権目録、差押債権目録が含まれます。書式は裁判所のホームページから入手できます。
- 債務名義の正本
養育費について定めた調停調書、審判書、判決書、強制執行認諾(受諾)文言付きの公正証書などを指します。それぞれが作成された裁判所や公証役場から取り寄せることができます。 - 送達証明書
債務名義の正本が相手方に送達されたことを証明する書類です。債務名義が作成された裁判所や公証役場に交付申請を行います。 - 第三債務者の資格証明書
給与の差押えであれば「勤務先」、預貯金の差押えであれば「金融機関」の情報が分かる書類です。主に、商業登記事項証明書や代表者事項証明書の提出が求められます。 - 住民票、戸籍謄本または戸籍の附票
自身や相手の住所・氏名が、債務名義の記載と異なる場合に提出します。
強制執行の手続きの流れ
①強制執行の申立て
必要書類と費用を揃え、裁判所に申立てを行います。申立先は、債務者(相手方)の住所地を管轄する「地方裁判所」となります。
②差押命令
申立てが受理されると、裁判所から債務者と第三債務者に「差押命令」が送達されます。
送達後は、会社が相手方に給与を支払ったり、相手方が銀行からお金を引き出したりすることが禁止されます。
③取立て
差押命令の送達日から1週間が経過すると、第三債務者に対し、差し押さえた債権を取り立てることができます。給与であれば勤務先に、預貯金であれば金融機関などに取立てを行います。
④裁判所への報告
第三債務者からお金が支払われたら、その都度裁判所に「取立届」を提出します。
また、差し押さえた分をすべて回収し終わったら、「取立完了届」を提出します。
養育費の強制執行でお金がとれなかった場合
強制執行を行っても、相手に資力がないと養育費を回収することはできません。
その場合、一度強制執行の申立てを取り下げ、十分なお金を確保できる時期に改めて申し立てるのが良いでしょう。例えば、給料日直後や賞与の支給日後などがおすすめです。
それでも回収が難しい場合、相手の両親に支払ってもらうことなども検討しましょう。公正証書などで両親が連帯保証人になっていれば、養育費の支払いを肩代わりしてもらうことができます。
一方、取決めがない場合、養育費はあくまでも親の義務でしかないため、支払い義務者の両親に支払義務はないため交渉次第といえるでしょう。
相手が退職・転職した場合、強制執行の効果はどうなるのか
相手が退職や転職をした場合、その後の取立てはどうなるのでしょうか。また、引き続き養育費を回収するには、どんな対応が必要になるのでしょうか。以下で解説していきます。
給与を差し押さえていたけれど退職した場合
相手が退職した場合、それまでの勤務先から養育費を回収することはできません。また、定年退職で再就職もしない場合、そもそも給与の差押え先がなくなってしまいます。退職すれば、勤務先は給与を支払う立場ではなくなるためです。
その場合、給与以外の財産を見つけて差し押さえる必要があります。また、退職金も差押えの対象となるため、一度に多くの金額を回収できる可能性もあるでしょう。
転職した場合は再度強制執行手続きが必要になるのか
相手が転職しても、差押えの効力が引き継がれるわけではありません。そのため、転職後に再び転職後の勤務先に向けて強制執行を申し立てる必要があります。
差押えの対象はそれまでの勤務先に限られており、退職と同時に効力がなくなるためです。
流れとしては、相手の転職先を特定し、強制執行を申し立てたうえで、その勤務先に対して給与の差押命令を行うことになります。
転職先が分からない場合、裁判所を通して役所などに情報開示を求める「第三者からの情報取得手続」を利用することもできます。
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養育費の強制執行に関するQ&A
相手が自営業だと養育費の強制執行ができないというのは本当ですか?
相手が自営業者でも、強制執行は可能です。家や車などの財産はもちろん、相手が法人の代表取締役などであれば役員報酬を差し押さえることも可能です。
ただし、会社員と違って給与の差押えができないため、継続的な養育費の回収は難しいですし、そもそも回収が難航するおそれはあります。また、不動産や銀行口座を会社名義にして、差押えを免れようとする者もいるでしょう。
そのため、自営業者に強制執行を行うときは、できるだけ早く財産を特定し、財産隠しされる前に差し押さえることがポイントです。
養育費を差し押さえられたら生活できないと言われてしまいました。強制執行できないのでしょうか?
相手の生活が苦しくても、強制執行することは可能です。養育費は子供のためのお金であり、経済状況の悪化を理由に支払義務を免れることはできません。
ただし、相手が「差押禁止債権の範囲変更の申立て」を行った場合、差押えできる金額が減ってしまう可能性があります。例えば、これまで給与の5割を差し押さえていたところ、3割に減額するなどの措置がとられます。
ただし、取り決めた養育費の総額が減るわけではないので、回収に時間がかかるのがデメリットといえます。
強制執行のデメリットはありますか?
強制執行のデメリットは、相手に資力がないと、養育費を全額回収できないおそれがあるということです。そのため、「申立費用だけかかって十分な結果を得られない」という事態が起こり得ます。
また、相手の財産を特定するのに手間や時間がかかることもデメリットといえるでしょう。
さらに、強制執行は相手の財産を無理やり差し押さえるため、感情的な対立が起きやすいといえます。子供がいる場合、相手方と面会交流などでやりとりする機会も多いため、トラブルにならないよう注意が必要です。
養育費の強制執行から逃げられてしまう可能性はありますか?
転職や引っ越しによって、強制執行を免れようとする者もいます。しかし、こちらが新たな勤務先や住所を特定できれば、相手も逃げることはできません。
また、差押えを免れるため、相手が“財産隠し”をする可能性もあります。しかし、こちらが「財産開示手続」を申し立てれば、相手に対し、所有する財産の情報を開示するよう求めることができます。請求を拒否したり、虚偽の陳述を行ったりすれば刑事罰が科されるため、相手もきちんと応じる可能性が高いでしょう。
養育費の強制執行についてお困りのことがあったら弁護士にご相談ください
強制執行は、養育費を回収するために有効な制度です。適切な流れで行うことができれば、強力な手段となるでしょう。
しかし、強制執行の申立てにはさまざまな準備が必要ですし、差押えがスムーズに進むとはかぎりません。また、そもそも相手の財産や勤務先を特定できないことも多いでしょう。
離婚問題や養育費問題に精通氏が弁護士に依頼すれば、これらの煩雑な手続きをすべて任せることができます。相手が強制執行から逃げようとしても、適切な措置を講じてしっかりサポートできるでしょう。
弁護士法人ALGの神戸法律事務所には、これまで数多くの離婚問題、養育費問題を解決した弁護士が揃っています。「養育費が支払われなくて困っている」、「強制執行を検討している」という方は、ぜひお気軽にご相談ください。
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保有資格弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:51009)