医療過誤における損害の減額要素
監修医学博士 弁護士 金﨑 浩之弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員 弁護士
- 損害
被害者側の事情により、損害額が減額されるケースがあります。
本稿では、医療過誤事案における損害額の減額要素について説明します。
医療過誤における減額要素について
- ①患者側にも問診票の回答が不十分であったり、病状に申告漏れがあったために医療過誤が生じた場合
- ②患者が医師の診療を拒否したり、医師の指示を遵守しなかったことで悪しき結果が生じた場合
- ③元々重篤な疾患に罹患しており、長期の生存の可能性が見込めない場合
- ④脳出血治療が遅れたことにより、より重度の後遺症が残存した場合
上記のような場合に、損害額全額について認められるでしょうか。
医療過誤において、損害額の減額要素として、医療機関側から主に過失相殺や素因減額の主張がなされることが多いです。
「過失相殺」とは、患者側にも過失があったために、損害の発生や損害の拡大が生じた場合、損害に対する公平な分担から損害賠償の責任及び賠償額の算定にあたって、患者側の過失を考慮する制度をいいます(民法418条、民法722条2項)。
「素因減額」とは、従前より患者が有していた身体的な疾患や心因的な疾患が損害の拡大に寄与した場合に、賠償額の算定にあたって、それらの疾患による影響について減額をする考え方をいいます(民法722条2項類推適用)。
過失相殺について
①患者側にも問診票の回答が不十分であったり、病状に申告漏れがあったために医療過誤が生じた場合
急性咽頭炎の患者に対し、消化性潰瘍等の重篤な副作用を生じるおそれある薬剤の投薬を行ったところ出血性胃潰瘍になった事案において、裁判所は、患者が問診の際に胃潰瘍の既往歴があるのにないと回答したことについては過失と判断していますが、黒色便が出ていることを告げなかったことについては、特に隠す理由は見当たらず、考慮すべき過失とまではいえないと判断しました(大阪高裁平成11年6月10日判決)。
問診の際に、患者が不正確な回答を行えば直ちに過失にあたるわけではありませんが、患者やその家族が、容易に正確な回答を行うことができたにもかかわらず、しなかった場合には過失となる可能性があります。
②患者が医師の診療を拒否したり、医師の指示を遵守しなかったことで悪しき結果が生じた場合
医師よりインシュリン注射等の常用を指示されていたにもかかわらず、患者が、医師に相談せずにインシュリン注射の中止や医師の資格を有していない者からの断食療法を受けたことで死亡に至った事案について、過失相殺が認められました(最高裁平成2年3月6日判決)。
基本的には、医師の指示に従わなかった結果、医療過誤が生じた場合、患者側にも過失が認められると考えられます。
しかし、医師の指示を遵守しなかったことが避難できないような場合や医師側の説明が不十分であったために患者が検査を拒否したような場合には、過失相殺が否定される可能性があります。
素因減額について
③元々重篤な疾患に罹患しており、長期の生存の可能性が見込めない場合
胃がんから肝臓への転移を生じ、肝切除術を行う際に器具操作及び止血方法に過失があり死亡した事案について、裁判所は、医師の過失がなかったとしても、本件患者の余命は5年を超えることはなかったと認められるところ、術後の入院期間や退院後の介護期間を考慮し、稼働できた期間を4年、労働能力喪失率を20%として逸失利益を算出しました(福岡地裁小倉支部平成14年5月21日判決)。
④脳出血治療が遅れたことにより、より重度の後遺症が残存した場合
裁判所は、早期に脳血管撮影検査及びクリッピング術を行い、予後が良好であったとしても、既に患者が車椅子に乗って自身で排泄することも容易でなかったことに照らすと、退院後にくも膜下出血発症前と同程度の家事労働を行うことができたと認めることは困難であるとして、逸失利益について減額を行いました(名古屋地裁平成15年6月24日判決)。
このように裁判所は、医療過誤がなかった場合に想定される結果との差異について損害を認めていると考えられます。
最後に
医療過誤のような総損害額が大きい事案においては、減額割合が1割違うだけで、金額が大きく異なってきます。そのため、病院側から減額主張がなされるケースは少なくありません。
しかし、医療機関側と患者側では、専門的な知識量に圧倒的な差があること、医療機関側は患者に既往症や疾患があることを前提として治療がなされていること等から、当該事案において、真に減額すべき事情といえるかどうかは慎重に判断されなければなりません。
この記事の執筆弁護士
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大阪弁護士会所属
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保有資格医学博士・弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:29382)東京弁護士会所属。弁護士法人ALGでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。
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