早期胃癌に対する内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)を実施した際に、患者の胃を穿孔させて急性汎発性腹膜炎により死亡させたことについて、病院側が3000万円支払うことで示談が成立した事例
監修弁護士 小林 優介弁護士法人ALG&Associates 所長 弁護士
事案の概要
患者さん(60代、男性)は、早期胃癌が発見され、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)を受けましたが、術直後から強い腹痛を訴えました。しかし、患者さんには、鎮痛剤が処方されただけで、原因検索のための検査は何も行われず、その数日後に死亡しました。病理解剖の結果、患者さんの死亡原因は、胃の穿孔による急性汎発性腹膜炎だと判明しました。
ESDによる胃穿孔の合併率は約3%とされており、その大半が術中のクリッピングや術後の胃の減圧、抗菌薬投与等の保存的治療で治癒されるものとされています。ところが、医師は、予測不可能な合併症であると説明して、自らの責任を否定することに終始したため、遺族は当法人に示談交渉を依頼しました。
弁護士の方針・対応
協力医に助言を求めたところ、患者の胃癌は粘膜内癌であるから、ESDではなく内視鏡的粘膜切除術(EMR)で十分に根治可能な症例だったので、本来、EMRを選択すべであったということでした。これに加え、術中ビデオを確認すると、穿孔は、胃粘膜切除範囲に相当する大きさで、盲目的な操作による筋層全層の焼灼が原因と分析できるものでした。
さらに、患者は、手術直後から腹痛を訴え、収縮期血圧が200を超えていたのに、冒頭で述べたように、鎮痛剤の投与が指示されただけで、何らの原因検索も行われませんでした。仮に、この時点でCT検査等が実施されていれば、腹腔内遊離ガスや液体貯留の検出も可能であり、胃穿孔や腹膜炎を十分に疑うことができたと言えます。このような展開になっていれば、手術による穿孔部の閉鎖、腹腔内洗浄、腹腔ドレナージ、胃管による胃の減圧、輸液、抗菌薬投与等により、患者を救命できた可能性が高かった事案です。
このような協力医の助言を前提とする限り、本事案は、不可抗力の合併症ではなく、医療過誤である可能性が高いと考えられました。もっとも、協力医が匿名を希望したため、意見書を作成してもらうことができないという事情もありました。協力医の適切な助言があっても、匿名コメントでは、裁判で証拠として使えません。しかし、医療過誤であることを証明できる材料が多かったため、示談交渉でも十分に解決できる見込みがあると考えて、相手方病院と交渉することにしました。
結果
こちらは、協力医の前記助言をベースに、①術式選択を誤った過失、②手技上の過失、③術後管理の過失で、医師の責任を主張しました。病院側は、①、②の過失については認めませんでしたが、③については認めたため、3000万円で示談が成立しました。
この事例では、協力医の助言が解決の大きな決め手となりました。一般的に匿名コメントは証拠としての価値が低いため、使い物にならないと言われています。確かに、訴訟では、作成者の氏名が匿名となっているものは、証拠価値が低く、判決文の中で引用されることはありません。
しかしながら、示談交渉であれば、協力医の意見書を提出することは必須ではありません。むしろ、それよりも、協力医の助言内容の説得力が重要です。この事案の協力医の助言は、医療水準に依拠した的確なもので、医学的根拠を有するものでした。
このことは、相手方である病院も、医療の専門家なので理解できるのです。病院側が訴訟リスクを嫌がれば、誠実に対応してくることも珍しくはありません。本事案は、協力医の助言が的を射るものであったため、匿名であっても示談で解決できました。
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保有資格所長 弁護士(兵庫県弁護士会所属・登録番号:57264)兵庫県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。
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